番外編 続・イージス護衛艦あおば・その5

「さて、次はセンサー類だ。先ほど説明したSPG-62は射撃指揮用なので、ここでは省く」


 矢沢は艦を横から見た概略図から、まずは四角いタイル型のアンテナを指示棒で指した。


「AN/SPY-7(V)1、弾道ミサイルからミサイルまで、様々な対空目標を検知するレーダーだ。元は地上設置のレーダーだが、あおば型はイージスアショアの代替として建造されているために採用された。全周警戒を行うため、4面が搭載される。探知距離は1500㎞、宇宙まで見通せる」

「そんなところまで見えるなんて……やっぱり規格外です」

「それくらい見えないと、弾道ミサイルは迎撃できないからな」


 矢沢は神妙に言う。弾道ミサイルはあまりにも小さく、速すぎるせいで、早期に探知しないとすぐさま攻撃を受けてしまうのだ。


「ちなみに、ミサイルの中間誘導も担う他、敵のミサイルを妨害する電子攻撃も可能だ。これはNOLQ-2Cとの連携となる」


 それに続き、矢沢は前部艦橋の上部にそびえる高いマストの上部、木の上のツリーハウスのようになっている台座を指し示した。


「このマストには通信設備が大量に設置されている。衛星通信やデータリンク、航海用レーダー、TACANアンテナもここに配置されるが、今回説明するのは、この上、マスト最上部に設置されるNOLQ-2Cだ。これはESM装置というもので、敵が発する電波を解析するものだ。これで敵のミサイルの種類を確認したり、敵の通信電波を傍受したりもできる。こんごう型やあたご型に搭載されたNOLQ-2Bでは電子攻撃もできたが、あおばではその役目をSPY-7に譲っている」

「デンパって、確か水平線の向こうは見えないんですよね。とすると、やっぱり高いところに置くと遠くまで届くんですか?」

「そうだ。これも見張りと一緒だな」


 矢沢は相変わらず飲み込みが早いアメリアに感心していた。自分の常識と照らし合わせることで、未知の技術を自分なりに解釈した結果なのだろう。戦士としても、世渡りをする人間としても重要な能力だ。


「続いて、艦首底部の膨らみと艦尾に配置されているのがソーナーだ。民間ではソナーと呼ばれる。レーダーが電波を使用するのに対し、こちらは音で水中を捜索する。艦首のものはAN/SQS-53C、敵の捜索と攻撃指示に使われるものだ」


 矢沢がスクリーンに表示された艦首底部の膨らみを指示棒で叩くと、中から球形の物体が出現する。膨らみ自体はただの保護ドームであり、中の球形の物体がソナー本体となる。


「後部に膨らみはないが、こちらはTACTASS、曳航ソーナーと呼ばれる小さなものを艦の後部からケーブルで垂らして引っ張る。艦首のソーナーでは自艦が発する雑音が大きくなりがちだが、この曳航ソーナーは艦から離して展開することで、自艦の雑音の影響を局限化できる。自ら音を発することはできないため攻撃指示には使えないが、艦首ソーナーより小さな音を聞き取れる」

「水中だと目が見えても暗くてよく見えなかったりしますもんね。だからこそ音で『聞く』んですね」

「よくわかっているじゃないか。海でも戦いを?」

「いえ、これも父の教えです」


 アメリアは懐かしげな目をあおばの概略図に向けていた。父親のことを思い出しているのだろう。


 海中を音で聞き取る、という発言が出たことは、この世界でも対潜戦闘の概念があることを示している。どこまで我々の常識を覆す世界なのか、という焦燥にも似た気持ちが湧き上がったが、矢沢は冷静になって説明を続ける。


「さて、次はヘリだ。前級のまや型まではヘリ格納庫が1基のみだったが、あおば型ではアーレイ・バーク級を手本に2基が配置される。船体の大型化と人員交代の必要性、そして単独行動での対潜警戒網の充実、それに無人機の運用を見据えた措置だ。あおばは単艦行動を前提としているのでな」


 スクリーンの画像が変化し、後部からあおばを見たものに変わる。シャッターが下りた2基の格納庫と、その間に挟まれた窓のある出っ張りがよく見える構図となっている。


「格納庫の間にある窓は、航空機の管制室だ。ここでヘリの航空管制を行う。ヘリコプター型の無人機であるMQ-8Cはここから操縦する。右舷脇に配置された小さなガラス張りの小屋は発着指示を行う管制室だ」

「へえー、あそこってそういう部屋だったんですね」


 アメリアはふむふむと腕を組んで納得していた。アメリアは飛行甲板にいることも多く、あおばは窓が少ない故に、やはり広い窓がある出っ張りのことが気になっていたようだ。


「最後は機関だ。あおばの機関方式はCOGLAG、ガスタービンと電力駆動を併用しての推進方式だ。低速時はM7A-05ガスタービン発電機とS12U-MTKディーゼル発電機を2基ずつ使う電気推進となっているが、高速を発揮する際は更にLM2500ICUガスタービンエンジン2基を直接駆動で使用し、最高29ノットの速度を発揮できる。機関出力は7万馬力。あたご型の34ノット、まや型の30ノットより速力は落ちているが、最近では交戦範囲の拡大で速力の必要性が薄れ、高い燃費を追求する方向性に舵を切った結果だ」

「そ、それでも29ノット出るんですね……」


 速力が落ちているとはいえ、アメリアはそれでも高い性能に驚愕していた。この異世界では大型艦が20ノット以上を発揮することはまずなく、魔力推進で30ノットを発揮できる船も3人乗りの小型ボート程度に限られる。


「そして、このあおば型は敵のレーダーを欺くためにステルス性もまや型以上に追求されている。まや型同様に11m作業艇や7m複合艇、救命いかだはカバーやシールドに覆われているが、このあおば型では17式SSMも米戦艦の装甲ボックスランチャーに範を得たRCSカバーで覆われ、後部VLS周辺や作業艇甲板前の03甲板など、従来の柵ではなくシールドになっている」


 波照間はまや型とあおば型の比較図を表示した。矢沢の言う通り、まや型に比べて柵がシールドに置き換えられた場所が多く、のっぺりした船体という印象を与える。従来の日本護衛艦に加え、もがみ型護衛艦や055型駆逐艦といったステルス艦の外見に近づいている。


「さて、説明はこの程度か。長く付き合わせて悪かった」

「い、いえ。お互いのことを知るのは大事なことですし……」


 さすがに話が長くてうんざりしていたのか、アメリアの対応はどこかぎこちない。


 とはいえ、それもようやく終わりだ。波照間は心中でアメリアをねぎらっていた。


 現代技術の粋を集めたイージス艦は、その調達だけでも大変な苦労を要する。それだけに機密事項も多く、ここまで説明してくれる機会はなかなかない。


 アメリアは地球の人間ではなく、前提知識も薄いが、それでもここまで付き合ったことは凄いと言わざるを得ない。それだけ地球のことを理解しようとする姿勢があってのことだろう。


「ハテルマさん、どうしたんですか?」

「あ、いえ。ただ難しい話に付き合って偉いなって思っただけ」


 波照間は苦笑いして話を終わらせようとするが、アメリアはニコリと可愛らしく微笑む。


「そんなことありません。この船はとってもすごいです。これだけの戦闘艦を作り上げるっていうことは、そういう能力を必要とされたからですもんね」

「ま、そうなんだけどね……」


 波照間はアメリアに指摘されて初めて気づいたが、イージス艦は「それを必要とされたから」生み出されたのだ。


 それほど地球は凄まじい技術進歩があり、それだけ人が死にかねない環境に日本は置かれているのだ。


 兵器の進歩は喜ばしいことばかりではない。戦争は技術と文明、そして人の精神性の進歩を促す面はあるが、その影には『大勢の人の命』という、先の利益では絶対に代えられない犠牲が必ず付きまとう。


 台湾の分析によれば、既に人民解放軍、もとい大陸の中国軍は台湾への侵攻能力を確保している。向こうの世界では、いつ日本を巻き込む戦争が起こっていてもおかしくないのだ。


 戦争はいつ起こってもおかしくない。戦争は誰かを犠牲にする。そして、日本が戦争に巻き込まれていたとしても、あおばや波照間は一切手出しができない。異世界の邦人拉致事件に日本政府が一切関われないのと同じように。


 それを心苦しく思いながら、波照間はその場を後にするしかなかった。

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