116話 山狩り作戦

 ヘリであおばに戻った矢沢は、ロッタが戻る前に改めて地図のチェックをしていた。艦橋の艦長席でじっと渡された地図を眺めている。


 ここ2ヶ月の間、あおばが実際に航海をしていた時間と距離は僅かなものでしかないものの、航海科はただ遊兵と化していたわけではない。


 フランドル騎士団やオルエ村、ユーディスやラフィーネで手に入れた地図や星図に加え、2ヶ月に渡る測量や天測を利用した位置情報の測定により、アセシオン沿岸や重要地域の地図が徐々に出来上がりつつあった。矢沢が見ているのは、その自衛隊が作成したアセシオン南部の地図だった。

 等高線や方位だけでなく、詳細な地形情報や水深、海中の状況なども詳しく書かれている。


「これだけの地図をよく作成できたものだ」

「作戦行動を行うには地図が要ります。オレたちはそれを頼りに移動しますから。地図の作成は何より優先すべきです」


 航海科の長である鈴音は得意げに言う。


「違いない。感謝する。これで航空機も地形追従飛行ができそうだ」

「24式のTERCOMも使えますよ。まだ抜けている個所も多いですが、マヌケ共の鼻っ先にミサイルをこっそり投げつけるくらいはできます」

「早速使うことになるだろう。よくやってくれた」


 矢沢は頬を緩めて感謝の意を述べると、鈴音は一礼して艦橋から降りていった。


  *


 数日後、ロッタ率いる偵察部隊の一部をシーホークが回収し、物資集積地に関する情報の報告を行った。

 その情報を基にして、作戦会議が開かれることとなった。アメリアやロッタ、フロランス、波照間を含む幹部たちが士官室に集まる。


 参加者たちが着席したのを確認すると、矢沢は書類を隅に置いて話を始める。


「これよりブリーフィングを始める。今回の作戦は敵の物資集積地への攻撃だ。ここに集積されている物資量は食料だけでも膨大な量に上ると考えられる。これらを灰にすることで、攻撃のチャンスを奪えるだろう」

「これも、広範囲の敵基地攻撃……」


 長嶺はゴクリとつばを飲み込むと、渡された資料を手に取って仔細を確かめる。


 ロッタの証言と地図を照らし合わせると、物資集積地は大きな川の近辺に存在するらしい。小高い丘が多く存在するエリアで、草原地帯であり木はまばら。幹線道路は近くにあるものの都市は近辺に存在しない。空中哨戒もしやすく、物資集積にはもってこいの地域と言える。


 ただし、南部には周辺の丘より高い山がそびえており、空からの絶好の奇襲ポイントとなっている。


「我々が注目すべきは、この南部に存在するパラメトル山だ。標高は400m前後と低い山だが、ミサイルや攻撃ヘリを隠すには十分な高さと言える」

「ということは、ヴァイパーの他に24式も投入するのですか」


 矢沢の説明に入り込んだのは徳山だった。本当にやるのかと怪訝な顔をしながら矢沢を見つめる。


 乗員から俗に『24式』と呼ばれるのは、2024年に実戦配備され、低率生産に入っている『24式艦対艦誘導弾』と呼ばれる、17式対艦ミサイルの派生型となるマルチプラットフォームの対艦ミサイルだ。射程は公称1500㎞、飛行プロットを最適化すれば2000㎞以上の射程を持つ、自衛隊の南西諸島防衛における切り札とも言うべきミサイルとなる。

 元来は12式改という名称の地対艦ミサイルとして開発されたものだが、ファミリー化されて護衛艦のVLSにも搭載されるようになっている。あおばにも南西諸島での対応を想定して運用能力が付与され、インド洋での演習で対地攻撃の試験を行うはずだったものだ。


 つまり、射程2000㎞を誇る対地ミサイルを、ここで実戦使用するというわけだ。


「むしろ24式の方が本命だ。ヴァイパーは航続距離不足のためにフロランスの給油支援がいる。これは空中でも可能だが、彼女を輸送するシーホークも同時に航続距離不足となる。航続距離圏内に入るならば、あおばが敵勢力圏内に侵入する必要がある上、撃墜の可能性もありえる故に前面には出せない」

「ヘルファイアに置き換えれば射程は伸びるので、撃墜の問題については解決できます。むしろロクマルにもヘルファイアを搭載して支援すべきでは?」

「ほんと、無茶させるわね」


 矢沢の慎重論に対し、菅野が攻撃的な案を提示。補給の任を受けるフロランスは迷惑がっていたが、菅野は至極真面目だ。


 だが、どのみちフロランスをヘリで送るのならば、24式対艦ミサイルは予めVLSに相当数搭載している必要がある。

 現状、あおばのVLSは96セル中72セルがSM-2とSM-6で占められているが、最終的には24式を40セル以上に増やす必要があるだろう。


「ただ、これでは火力が心許ない。やはり攻撃の要はヴァイパーか」

「フロランスちゃんがヘリに乗るなら、弾薬の装填もできますね! ここはやっぱりヘルファイアをしこたま搭載して、集積地に反復攻撃を仕掛けましょうよ!」

「我もそれでいいと思っている。お前たちの言うフタヨンシキとやらを北部から突入させれば、軽く混乱させられるだろう」

「よし、それで行こう」


 矢沢は頷くと、書類の空きや地図上にメモを書き込んでいく。佳代子や徳山らも熱心に書き込みを続けた。


「では、大筋はこれで行こう。バックアッププランも別で用意する。ロッタ、君の部隊は動けるか?」

「ロッタと呼ぶな! ……全く、この近くに偵察部隊として独立遊撃大隊が1個展開しているが、物資集積地に攻撃を仕掛けるほどの能力はない」

「いや、君たち騎士団には山の掃除をお願いしたい。山は格好の見張り台、かつ敵が奇襲を仕掛けやすい場所にある。ミサイル弾着の1時間前には掃討を完了しておきたい」

「承知した。我らに任せろ」


 ロッタは笑顔を見せることもなく頷く。これで敵の物資集積地は丸裸も同然だ。


 24式対艦ミサイルは、旅客機と同じく亜音速飛行用のターボファンエンジンを使う。音速を超えることはないので燃費が極めてよく戦闘機より静粛性は高いが、それでも人の耳にはうるさいものだ。


 相手は飛行中のヘリに攻撃を加えることもできる。迎撃される可能性を少しでも削り取り、できる限り多くの物資を灰燼に帰すこと。これが今できる最良の策だ。


 敵も本気だ。必ず勝利し、邦人たちを解放する。そのための準備は着々と進んでいる。

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