番外編 記憶の底から・核兵器の有用性 その2

「先も言った通り、核は破壊兵器としては凄まじい威力を持つと共に、放射線により不必要な苦しみを長く与える非人道兵器としての側面も持ち合わせる。その破壊力と副作用、維持コストの高さ故に小国では手に余る代物だが、大国や核抑止を必要とする国にとっては非常に『有用な』兵器とも言える」

「かくよくし……?」


 アメリアは聞いたこともない単語に対し首を傾げる。


「そうだ。核兵器はあまりに破壊力が強すぎる故に、小国なら数発、大国でも面積の大小によっては数発から十数発の核弾頭もあれば国家機能と軍事力を破壊できる。アセシオンならば12発、日本ならばPAC-3やあおば型など迎撃設備の存在を考えても30から40発程度でいい。核保有国であれば投射すべき弾数はドカンと急激に跳ね上がるが、それでも1発で首都含む主要都市が滅び去るのは脅威だ。そこで、核を撃てば撃ち返すと宣言することで、相手の核兵器使用を思いとどまらせる。これが核抑止だ。そして、互いを確実に破壊できる能力を双方が持つことを『相互確証破壊』、通称MADという」

「持っているだけで思いとどまらせる……そんなこともできるんですね……」


 アメリアは背筋に冷たいものを感じ、息を呑んだ。


 1時間以内に地球のどこでも攻撃でき、しかも1発で都市を丸ごと破壊できる兵器など、この世界に出現すれば勢力図が一気に書き換わる。1度の戦争で消える命も膨大なものになる。それがどれほど恐ろしいことか、考えるだけでも怖気が走る。


「核兵器の役割は、敵の核兵器発射施設の破壊といった『核制圧』、飛行場や物資集積拠点、基地などへの『戦略攻撃』、前線の敵集団に対する『戦術攻撃』、報復やインフラ破壊を目的とした都市への『報復攻撃』と、大きく4つに分類される。アメリアや騎士団の話によれば、流星は目視範囲でしか誘導できず、発動に時間もかかることから、戦術攻撃が基本的な運用方法だから、相対的に有用性は低いと考えられる」

「それだけではありません。核兵器はいかに政治的アドバンテージを確保するか、という政治目的での利用もあります。こちらは相互確証破壊や地域支配、軍事行動阻止がその目的です」

「ああ、そうだな……」


 波照間に一言加えられた矢沢は、渋い顔をしながら頷いた。


 核兵器は軍事的にも政治的にも極めて高い有用性を示し、保有する国家に大きな力を与えることになる。現に、北朝鮮が核を持ったことで日本は多額の防衛費増額を強いられ、拉致問題解決へのハードルを爆発的に高めることになってしまった。もはや拉致被害者を日本単独の対話だけで取り戻すことは現実的ではないと言っていい。


 それに加え、中国やロシアは巡航ミサイルや弾道ミサイルに核弾頭を搭載し、アメリカや日本を標的に定めている。そこでも日本は多額の防衛費の捻出を迫られ、鉄壁かつ最強と謳われた米国空母打撃群も脅威にさらされている。北朝鮮も潜水艦に核兵器を搭載し、日本や韓国への脅威となっている。


 日本の周囲は核兵器だらけだ。十数発撃たれただけでも致命的な損害を覚悟しなければならないというのに、戦術核や戦略核を全て含めると数千発が日本に向いているともされる。


「特に、飛行場や港湾、インフラへの攻撃は深刻だ。放射能汚染により基地は戦争が終わるまで使用不能、インフラも復興を妨げられる。まさに悪魔の兵器だ」

「でも、そのかくよくし? が成立しているなら、心配することはないんじゃないですか?」

「核兵器を持たない国は一方的な虐殺が訪れる。核保有国に守ってもらう『核の傘』という概念はあるが、それも核保有国の都合に左右されることから確実とは言えない。地球では核兵器が拡散しつつあり、かつてのようにMADが成立しなくなってきている。持っている国が多ければ、突然核が起爆すれば誰がやらかしたのかわからず、迅速な反撃を行えないからだ」

「難しい話ですね……」


 全く違う世界の話とはいえ、アメリアは他人事とは思えなかった。


 流星は人族が開発した魔法でも特に強大な部類に入る。集団で使用すれば都市を丸ごと吹き飛ばせるという点においては、その『カクヘイキ』とやらと一緒だからだ。

 アメリアがかつて暮らしていたアルグスタという街も、上陸したエルフ軍を追い払うために流星を使って壊滅したという。もちろん住民は退避していたが、それでも彼らの家は奪われた。


 戦争は悲しいことの繰り返しだが、歴史が下るごとに、1つの戦争が生む悲しみは膨れ上がっていく。世の中の理不尽さを感じられずにはいられなかった。


 矢沢の世界も同じだ。カクヘイキが出現したことで、人々は民族や国ごと滅ぼされる恐怖と戦いながら生きているのかもしれない。


 だからこそ、誰もが命は大事なもの、笑顔を守るという考え方が生まれるのだろうか?


「現在は冷戦期より核兵器の脅威が増大しつつある。ロシアが力を取り戻し、中国が力をつけ、北朝鮮が核兵器の充実を図れば、再び世界大戦の危機が訪れる。今でこそ核兵器を使われた場所はヒロシマ・ナガサキと呼ばれるが、その大戦が過ぎ去った後は『セカイ』と呼ばれても不思議ではない」

「世界が、戦場に……」


 波照間は自分に言い聞かせるように呟いた。


 今ではどこにでも紛争の火種が転がっていて、引き金は誰でも引ける状態にある。第二次世界大戦では文字通り世界中が戦場となり、その影響は今の国際秩序を直接的に形作っている。


 宇宙や地下、サイバー空間を含む全てが戦場となる地球において、逃げ場はどこにもない。どこにいても核の炎に焼かれる可能性はある。


「核の恐怖、戦争の影から目を逸らすことをしてはいけない。今の日本に求められるのは、いかに自国民を守り『相手と戦う』勇気と決断力を持つか、ということだと私は思っている」

「ええ……」


 波照間は相槌を打つだけで、言葉を続けることはなかった。


 アセシオンは戦争の準備を進めている。今のあおばと自衛隊員は日本を代表する組織ではないが、求められるものは何も変わらない。


 生き残り、そして理不尽な目に遭っている邦人を救出し、そして日本へ戻ること。それが彼らが行うべき『任務』だ。

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