59話 悶絶金的アタック

 矢沢らがシュルツの屋敷に到着すると、すぐに波照間らが詰めるサロンに通された。どうやらシュルツが話を通していたらしく、ほとんどノーチェックで通過できたのだ。

 波照間や佐藤、濱本から話を聞いた矢沢は、一番気にするべき疑問を投げかけた。


「だが、そのシュルツ氏は一体どこへ?」

「少し前に部屋を出ました。休憩を取るとかで」

「わかった」


 波照間の話を聞くと、矢沢は空いていた椅子に腰かけ、部屋を見渡した。

 外見こそバロック調の荘厳な建物だが、内部はそこまで華美ではない。むしろ飾り棚などはほとんどなく、壁の装飾も白い漆喰で固めただけと、スッキリした印象を与えるインテリアとなっている。


 外見は派手に、内側は質素に。商人の性なのだろうか?


「おい、ヤザワ」

「む……なんだね」


 唐突にロッタが話しかけてくる。やはり小さな少女に威圧的な態度を取られるのは慣れようとしても慣れるものではない。


「ここのシュルツという者だが、シェアは小さいものの我々への武器供給を行っている。ちょうどアメリアが行方不明になったという7年前からだ。奴も奴なりにアセシオンへの反抗の意思がある。うまく話を持っていけば、お前たちも支援してくれるかもしれんぞ」

「そうだといいのだが」


 矢沢は苦笑いしながら言う。彼はアメリアの父の友人であり、アメリア自身の安否も気にしていたらしいが、だからと言って全面的に支援してくれるとは限らない。波照間の話では、奴隷貿易の売り上げはハイノール島の経済を支えているようなきらいもある。

 裏付けが取れているわけではないが、我々自衛隊の活動が奴隷貿易の障害と判断されれば、邦人奪還への協力を渋る可能性もなくはない。


 矢沢の考えとしては、奴隷は人の尊厳を奪う制度ではあるものの、だからと言って人権や人の尊厳などという地球の考え方を彼らに押し付けてしまうのはいけないことだとも思っている。


 もちろん問題提起をすることも重要ではあるが、いずれは彼ら自身が気づき、社会を変えていくべきだと思っている。地球が歩んできた人権の歴史も、そのようにして作られたのだから。

 ただ、その範疇に邦人たちを含めてはいけないというだけだ。


 だが、彼らは容赦なく邦人たちを痛めつけ、殺してしまう。一刻も早く解放しなければならない。そのためにも、シュルツの協力は必要不可欠なのだ。


「心配ない。奴は信頼できる男だ」

「わかった。ロッタがそういうのなら信じ──」


 突如、股間に強い衝撃が走ったかと思うと、激しい痛みが貫いた。視界はあっても何を見たかさえ忘れ、矢沢は床を転げ回った。


「あ゛あ゛あ゛ぉ! おう……」

「艦長さん!」

「艦長!?」


 他の隊員たちが一斉に矢沢へ駆け寄り、股間を押さえながら悶絶する彼を介抱する。


「大丈夫ですか、艦長、意識をしっかり持って!」

「うう、あ……」


 股間に鈍い痛みが残っている。何があったのか全くわからない。


「こら、ロッタちゃん!」

「ロッタと呼ぶなと、何度言えばわかるのだ!!」


 顔を真っ赤にして激怒したロッタが、今度は波照間に襲い掛かった。さすがに剣は抜いていないが、魔力を集中させた右ストレートを波照間に放つ。


「落ち着いてってば、もう!」

「おぅ!?」


 波照間は身を翻してロッタのパンチを回避すると、腰を落として腹部に強烈なパンチを撃ち込んだ。ロッタは目を白黒させながらその場に倒れ、起き上がれなくなってしまう。


「一体何事ですか?」


 そこに、慌てた様子のシュルツが駆け込んでくる。股間を押さえながら倒れる男と、腹を抱えながら倒れる少女、そして周りを囲む男女たち。もはや絵面がおかしい。


「し、心配、な……」


 矢沢は何とか立ち上がるも、股間へのダメージが大きすぎた。自然と内股になってしまう。


「無理をせずとも……それより、あなたがヤザワさん、という方ですね」

「え、ええ……」

「ちょっと、スルーしないで!?」


 大変な状況だというのに、強引に話を逸らした。関与したくないと思っているのだろう。


「落ち着いたらでいいので、私と市場を見に行きませんか。特に奴隷市場は気になるところでしょう」

「確かに、その通りですが……」


 矢沢としても、それは嬉しい提案だった。


 船の補給はフロランスのおかげで必要なくなってはいるものの、乗員の士気を保つためにも外から何かを入れた方がいいとは考えている。

 特にオルエ村との交流を絶たれたところで乗組員を上陸させられなくなっていた矢先のことなので、この提案は乗らないわけにはいかなかった。何かお土産でも買っていけば、隊員たちも喜ぶだろう。


「では、そのように。リーノには食料品などもありますので、食料の補給にももってこいの場所ですよ」

「それはありがたい」


 まだ痛みが引かない股間を気にしつつ、矢沢は何とか返事をした。

 今度からはロッタを怒らせないようにしよう。矢沢はひそかに誓うのだった。

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