255話 ポピュリズム

「こちらをご覧ください」

「これは……?」


 ライザは艦隊の航海長である、航海科の山吹2尉に資料を見せていた。山吹は学生の感覚が抜けない20代後半の若輩者だが、世界情勢への興味が強く、アモイでも情勢調査の補助を行っている。


 見せられた資料はアルグスタで使われていた言葉で記述されていて、山吹が見ても理解できない。ライザは注釈をつけるように説明する。


「これはアモイ歴代国王の一覧です」

「なるほど、歴代国王の……」


 山吹はライザに翻訳してもらいながら調査を行う。名前と性別、統治時期だけなのでそう時間はかからず、一通り読み終えたところで感想を述べる。


「ここが気になるな。150年前までは国王の在位期間がかなり短い。エルフって寿命が長いはずなのに、どうしてこうも統治時期が短い王が多いんだ……?」

「気になると言えばそこですね」


 ライザは気にしているとは思えないほど興味がなさそうな仏頂面を浮かべつつ言う。


「在位期間が短いのは、暗殺事例が多いからだと聞いています。現在のアモイは国民の信任によって国王が存在していますが、それは過去に苛烈な権力闘争があったが故です。多くの王が即位しては貴族が暴力で権力を奪っていきました。そこで、彼らは考えたのです。国民に力を与えると」

「国民が権威を選ぶことで、王は侵されざる存在だと貴族たちに認めさせると?」

「その通りです。やがて貴族は現在の王家に吸収されてしまいましたが、その後もやはり貴族の血を引く者たちが権力の座を狙っています。やがて、王座につく者は国民の信任を得るため、国民に媚びる政策を多く出しました。拡張政策や奴隷制拡充、浅黒い肌を持つアモイのエルフへの特権付与などがそれです。彼らが市民権を持っていますから。やがて、アモイの国民は働かなくなり、労働は恥辱だと考えることになったことで、今の状態が完成したようです」

「ふうん、大衆迎合か……」


 山吹はため息をつきながら、資料をペラペラとめくっていた。こうした考えはポピュリズムが近いが、地球で叫ばれているポピュリズムとはかなり事情が違う。


 君主が国民の了承により存続されていることは、現在の地球では至極当たり前のことになっている。それは民主主義と立憲君主制によって成り立っているが、アモイではまた別の根拠があるという。


 そうなると、ますます邦人の解放には国民のコンセンサスを取ることが必要になってくる。政府を調略しても、国民が認めない限りはアモイの混乱を引き起こしかねないのだ。


「わかった。とにかく、艦長が戻られてから話を──」


 山吹が言葉を続けようとすると、彼に割り当てられた小型の無線機が呼び出し音を発した。現在進行中の艦長救出作戦が成功したとの連絡だろうかと考えつつ、山吹は通信機を取る。


「はい、山吹ですけど」

『山吹2尉、報告です。作戦は失敗し、艦長が捕縛されたと……』

「ああ、冗談だろ……?」


 通信士から伝えられた報告は、この艦の全員を失望させるものだった。


 交渉には情報が必要となる。それを得るための作戦が失敗したということは、交渉相手であるアモイと敵対することになる、ということだ。非合法なスパイ活動の露見は、それだけでも敵対理由となりうる。


 状況はかなり悪い。波照間の回収作戦もアメリアや銀たちの協力を得て同時進行で行われているが、そちらの状況も悪化している可能性がある。


「その様子では、作戦が失敗したようですね」

「そうらしい。さて、これからどうするか……」


 山吹は頭を抱える。現在の状況では下手にアモイへ手出しできない。何か軍事行動を起こせば、それだけで戦争の引き金が引かれてしまう。


 だが、ライザは冷静だった。山吹の肩に手を置き、諭すように言う。


「まずは灰色の船と合流です。こちらに向かっていると聞いていますが」

「そうだよ。もしかすると戦闘になるかもしれないってね」

「わかりました。では、今後のことはその際に決めましょう。今悩んでいたところで無駄です」

「はぁ、リアリストだな……」

「嘆いても状況は変わりませんから」


 ライザは至極当然のように言うと、スタスタと足早に船室を辞した。何をしに行ったのかは定かではないが、少なくとも艦長のことを考えていることはなさそうだった。

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