405話 ミルの本性

「……あなたは、確か」

「にゃ……」


 ライザが厳しい目を向けているのは、目の前に立つミルだった。


 レン帝国軍の拠点と化した養豚場を出た波照間とライザだが、街のすぐ近く、牛車が次々に通り過ぎていく街道で、パロムとミルに遭遇したのだ。しかも、ミルは2人の進路を塞ぐ気でいる。


「何をしに来たのですか。僕たちは重要な任務を帯びています」

「それなら、アタイも連れてってにゃ」

「え?」

「そう来ましたか」


 ライザの質問に即答するミル。意外な答えに波照間は驚いたが、ライザは予想通りだったのか、ため息をつくだけだった。


 そこで波照間は考え込む。ミルを連れて行くのは、明らかに悪手でしかない。


 とはいえ、返答に困っているのはライザも同じらしい。波照間は意を決して前に進み出ると、ミルと同じ目線に腰を落とした。


「ごめんね。艦長さんから色々話は聞いてるから強いのはわかるけど、それでも連れていくわけにはいかないの」

「どうしてにゃ!? アタイ、しっかり役に立ちますにゃ!」

「ううん、ダメ。相手はミルちゃんのことを知ってるし、ついて来ればすぐにバレるから、潜入が失敗する可能性がものすごく高いの。だから、お家に戻ってて」

「そんなの嫌にゃ! アタイも絶対行くにゃ!」

「そう言われても、ねぇ……」


 波照間は体を上げると、困惑しながら腕を組んだ。


 ミルも瀬里奈と同じく相当に頑固で、しかも実力行使までしかねない威圧感を放っている。魔法での戦いを知る者故の勘で察知しているのか、普段から仏頂面を浮かべているライザも目つきが戦闘態勢のそれだ。


 一方、パロムは先ほどから一言も発することなく、穏やかな表情を浮かべて状況の推移を見守っていた。彼女はアテにできないだろう。


 ミルは艦長さん、もとい矢沢に対面以前から執心していると聞く。彼女をそこまで突き動かすものが何なのかわからないが、ここは問い質しておく必要があるのだろうか。


「これは知っておいてほしいんだけど、あたしたちは捕まった仲間を助けに来てるの。だから、何1つとして失敗できないの」

「それなら、アタイが行ったっていいと思うにゃ! あの連中だってアタイが倒してみせるにゃ!」


 ミルは強弁し続けるが、波照間にとってみれば、ますます疑念を持たざるを得ない。


 彼女は本当に矢沢のことを心配し、彼のために戦うのだと思っているのか。


 ミルはどう見ても頭が切れる子供ではなく、自身の感情と浅薄な打算だけで動いているようにしか見えなかったのだ。


 となれば、本人からそのことを「話して」もらうしかない。ミルが敵対者であれば由々しき事態であり、そうでなくともミルを説き伏せるには弱いところを突くしかない。


「ねえ、ミルちゃん。きみは艦長さんのために戦いたいと思ってる?」

「……当たり前にゃ!」


 ミルは強気で言うが、一瞬のこととはいえ、ミルの目線が波照間から外れた。


 どうやら、ほぼ確定らしい。ミルは矢沢自身に奉仕しているのではなく、何らかの目的で矢沢に媚を売っている。


 波照間が行きついた答えを肯定するかのように、パロムの目の色も変わった。パロムには他人の心を読む力がある。彼女の反応を見ても、ミルに関する推測は正しいようだ。


「ミルちゃん、艦長さんに近づいたのは何か目的があるんでしょ? もしかして、レン帝国のスパイなの?」

「そ、そんなわけないにゃ! そんなわけ……チッ、かったるい」


 波照間が問い詰めると、ミルは取り繕うとしていたものの、舌打ちしたかと思えば、ドスの利いた声を放ちながら腕を組んだ。


 これがミルの正体か。波照間が納得する一方、ミルは波照間を睨みつけながら続ける。


「ああ、そうさ。オイラはあんなジジイなんかに興味ねえ。オマエらはアセシオンやらアモイやらを潰した異世界の軍隊だっていうじゃねえか。だったら、カネくらい持ってんだろ? あのジジイにおべっか使って近づいたのも、テメーらのカネが目当てに決まってらあ」

「ふうん、お金目当てねぇ。お金くらいパロムちゃんが持ってるんじゃないの?」

「こいつ? バカ言え、こんな干物女にカネなんかあるわけねえ。オイラだって最初は期待したさ。すぐにアテは外れたけどな」

「干物女とは言ってくれるね」


 痰を吐きながらミルが言うと、パロムは開き直ったように笑みを浮かべながら言う。ミルの主人として彼女を住まわせていたパロムならば考えはわかっているのだろう。特に怒るような様子もない。


「じゃあ、どうして命を懸けてまで艦長さんを助けに行きたいと思ったの? 今はレン帝国側が有利な局面だし、掌を返してあたしたちを売ればよかったのに」

「それこそ臆病者の考えじゃねえか! あんなクズ共にひどい目に遭わされたんだ、今はカネよりクズ共に報復する方が先だ」

「ほんと、本能のままよねぇ」

「下劣な人種です。僕は好きません」


 素性を見せたミルの口から溢れ出る呪詛の言葉に、波照間は呆れさえも通り越してある種の微笑ましさを感じていたが、ライザは素直に嫌悪感を示している。


 もちろん、ライザの言いたいこともわかる。邪な目的で他人を利用することにライザが嫌悪感を覚えるのは、アセシオンで出会った時から知っていたことだ。


「そういうこった。わかったら、オイラも連れてけよ」

「なおさらダメね。あんたなんか足手まといにしかならないし」

「チッ、この野郎!」

「まあまあ、ミルちゃんも落ち着いてね」


 波照間に突っかかろうとするミルをパロムが抑えると、平然とした顔でミルを遮り、波照間の前に立つ。やっぱり保護者だなと内心笑っていたところ、パロムから提案がなされる。


「それじゃあ、ミルを活用すればいいと思うんだよね。そっちには巡航ミサイルっていう攻撃兵器もあるし、あえて藪をつついてみるのもいいんじゃないかな、ってね」

「あえて藪をつつく、ですか」

「君たちは艦長さんを救出したい。でも、当の艦長さんたちは城の地下にある政治犯向けの牢獄に留置されているんだよね。奴隷商人に引き取られるのも時間の問題だし、城の守りも戦時状態で強固だから、ミルと艦を合わせて攻撃させれば何らかのアクションが出るだろうしね」

「ちょっと待って、奴隷にされるの!?」


 波照間が驚いたのは、捕まった艦長さんたちが奴隷にされる、という話だった。


 対立しているわけでもない相手国の使者を捕らえた挙句、戦争を仕掛けて使者は奴隷化するなど、おおよそ主権国家がするような行為ではない。


 しかし、ありえない、ということはない。人は合理性だけで動くものではなく、目先の利益や歪んだ信条など、非合理で意味不明な決断が下される理由は幾らでもある。


 一方で、対処法は既に用意できている。波照間は心を落ち着かせ、パロムに再び目を合わせる。


「いえ、奴隷化されるのであれば、あたしが獲得した奴隷商人を使って取り返せばいいもの。わざわざ藪をつつく必要はないし」

「オイ、戦わねえのかよ!」

「それならよかったね。期待しているね」


 ミルが顔を真っ赤にしながら抗議しているが、パロムは全く構わずに笑顔を見せた。


 パロムが何を考えているかはわからないが、今は艦長さんたちを取り返せる希望が見えてきたことは重要なことだった。


 ならば、準備を進める必要がある。波照間とライザはパロムに抑えられながらも抗議するミルを無視して、街へと入っていった。

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