253話 ランス・チャージ
「じゃ、やってみましょ」
「はーい」
まだ幼かった頃のラナーとマウアは、ダーリャの郊外にある演習場でそれぞれ武器の扱い方を練習していた。ラナーは身の丈以上もある杖を、マウアは槍を手に持っているが、マウアはほとんどラナーに付きっきりになっている。
「えい、それっ!」
「ちょっと、危ないわよ!」
杖の先端を握って振り回すラナーをマウアが制止する。長さを活かしてのことだろうが、杖は狙いもつけられず振り回されるだけで、おおよそ有効な攻撃ができているとは言えなかった。
「ラナー、いいかしら? まず、こういう長い武器は、両手を離して持つことで武器を安定させるのよ。貸して」
「はーい」
マウアはラナーから杖を受け取ると、両手で持ちながら杖を立てる。そして、杖を巧みに操りながら、標的の杭に対し次々に打撃を加えていく。
一切の無駄もなく、そして優雅な立ち居振る舞い。ラナーは最初こそ疑うような目をマウアに向けていたが、マウアの杖の扱い方を見るなり、完全に態度を変えた。きらきらと目を輝かせ、じっとマウアを眺めている。
「すごい、すごいよマウアちゃん!」
「あなたもできるわよ。これくらいは基礎なんだから。ちゃんと練習しなきゃね」
「はーい!」
ラナーは舞い上がりそうなほどに軽い声で返事をする。
彼女はまだ武器を持ったばかり故に扱い慣れていない。これからゆっくりと練習を重ねていけば、いずれは優秀な戦士になれる。
マウアはラナーがマウアの持ち方を真似しているのを微笑みながら眺めていた。
*
「やあああーーーっ!!」
「はあっ!」
ラナーは光弾を大量に投射するが、マウアは防御魔法陣で防御。その隙にラナーは懐へ飛び込み、得物である杖を召喚魔法で召喚する。
メイスロッドとも呼ばれる、メイスを長大化させたポールウェポンでも至高の業物とされるのが、ラナーが扱う杖『エル・スエズ』だ。
使用感覚は杖に近いが、杖の両端には小ぶりのスパイクが付いたタングステンの球体が付いていて、持った時の感覚は杖とはかなり違う。主に人族が用いるミスリル合金や鋼鉄の甲冑を破壊するために用いられる。
「やっぱり出してきたわね」
「マウアを倒すんだから当たり前じゃない!」
ラナーは声を上げると光弾を連射してマウアを牽制。しかし、マウアは防御魔法陣を展開することなく、元来の魔法防壁だけで凌ぎつつエネルギーディスクを2つ投射。ラナーの光弾を切り裂きながら飛翔する。
「それっ!」
ラナーは杖を両手に持ち、魔力を込めて先端をエネルギーディスクに叩きつけることで破壊する。エネルギーディスクは平たい故に上下からの衝撃に弱く、威力が高い代わりに破壊は簡単だ。
すると、マウアがいつの間にか召喚したランスを構えて突っ込んでくる。実体化させた魔法陣に乗り、身をかがめつつ地面を高速で滑りながら敵に突撃する、マウアお得意のランスチャージ戦法だ。
「そんなの無駄よ! せい、やっ!」
「おっと……」
ラナーは路地の壁を利用して三角跳びを行い、上方向に逃げることで回避。そのついでに路地から飛び出し、十分に杖を振り回せる広い戦場、つまり大通りへと移動する。
一足遅れてマウアも建物を飛び越え、エネルギーディスクを放ちながら大通りに乱入。ラナーは後ろへステップして回避しつつ、落下してくるマウアを迎撃するため杖を構える。
しかし、マウアは攻撃動作を取りつつも、地面に着地するための受け身の姿勢を取らない。何をする気かと思っていたが、すぐに意図がわかり戦慄した。
マウアは前面に魔法陣を展開すると、凄まじい熱量を持つ炎の噴流を放射。ラナーを防御魔法陣ごと焼き尽くしかねないブラストは、そのまま後方の道路を燃やし、建物さえも炎に包んでいく。マウア自身はブラストの反動で減速し、体が後ろへ押され始めたところで炎を止めて着地。
だが、それでもラナーは燃え尽きてはいなかった。防御魔法陣の限界に達し、魔法防壁での防御に切り替えた影響で全身に軽い火傷を負ってはいるものの、まだ闘志を湛えた目をマウアに向けていた。
「はぁ、はぁっ……まだ、まだ戦える!」
「ラナーってば、そんなに強くなってるのに……」
ラナーは威勢よく叫ぶが、マウアは憐れむような目を向けるばかりだった。
やっぱり、マウアは自分のことなど考えてくれていない。ラナーは怒りや悲しみ、喪失感に似た感情を胸の奥で覚えながらも、自分の願いのために戦いたいという気持ちは果てることがなかった。
『国を守る』ということはどういうことなのか、前まではわからなかった。アモイの発展のために尽くすとは言っても、政府や神殿がやっているのは、人を虐げる行為。アモイは好きだけど、支配者たちが行っていることは好きじゃなかった。
だが、それを変えてくれたのは、あのネモさんだ。自分が正しいと思えるようなことをして、みんなが暮らすこの国をもっとよくしたい。その機会をくれたのは、他でもないネモさんだったから。
だからこそ、ラナーは姉であるマウアに戦いを挑み、そして勝たなければならなかった。そして、兄であるジャマルにも。
「あたしは、アモイをもっといい国にしたいの! 誰も苦しめなくていいような、そんな国に!」
ラナーは杖を送り返すと、両腕にエネルギーを充填させる。これで決めると言わんばかりに魔力を集め、やがてラナーを中心に赤い光が漏れ出る。
「そんなんじゃ国は守れないのよ! 強くないと国は守れない!」
一方、マウアも実体化させた魔法陣に乗り、ランスを構えて魔力を込める。
そして、ラナーは両腕を突き出してマウアと同じ炎の奔流を放つ。巻き込まれた建物は熱波で破壊され、瓦礫が空を舞う。
そんな中でもマウアは怯むことなく、槍を構えて前方に相手を威圧する魔力の塊を放射しつつ、ランスチャージを敢行。一気に加速を行い、炎の渦に飛び込んでいった。
ラナーが発揮しうる最大限のエネルギーが炎につぎ込まれていたが、マウアのランスチャージはそれを打ち破るほどに強力だった。炎の回廊を突き破ったマウアは、そのままラナーの腹部をランスで貫きながら大通りを滑空、そして突き当りの家屋に衝突してようやく止まった。
「あ……うっ……」
ラナーは腹部を貫かれ、息も絶え絶えの状態だった。魔力を消費しつくしたラナーには、もはや戦う力などなかった。
「……ごめんなさい、ラナー」
マウアが口にしたのは勝利宣言ではなく、彼女に手を上げたことへの後悔の念だった。
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