61話 対処

「艦長さん、落ち着きましょう。あたしたちのことは誰にもバレていないはず。ここはロッタちゃんに任せて、どさくさに紛れて奴隷市場へ!」

「そうだな、わかった。全員集合だ」

「「「了解」」」


 兵士に怒りの矛先を向けるロッタから一度離れ、道路の脇で再集合する。


「よし、揃ったな」

「艦長、あの子はどうするんですか?」

「放っておけばいい。自力でどうにかできるだろう」


 大宮の質問をばっかりと切り捨てる。

 まさか、こんな重要局面でも暴走するとは思わなかった。本当に軍事組織を率いるリーダーなのかと、怒りと呆れが交互に湧いてくる。


「いずれにせよ、時間がありません。ここは手早く偵察を行うべきかと」

「あたしもそう思います。多少の危険は覚悟の上ですが、邦人たちは常に危険にさらされています」

「わかった。濱本はシュルツ氏につけ。大宮は私と来い。波照間は佐藤と行動せよ。以上、解散」

「「「了解」」」


            *     *     *


「それじゃ、これでレッスンはおしまいです」

『えー、もっとしてーなー』


 モニターに映る瀬里奈が不満そうに口を尖らせる。

 アメリアは苦笑いしながら「また明日ですね」と声をかけ、コンピュータの電源を切った。


 結核と診断されて数日、最近は食事も医務室で摂ることが多く、甲板にも出ていない。

 そもそも、あおばは戦闘艦であって遊覧船ではない。そのことが一層外に出られない状況の悪化に拍車をかけていたのだった。


 幸いにも潜伏期間中に発見できたことで隔離されることなく治療を始められたものの、アメリア自身も外出していいのか不安に感じていた。

 感染症といえば、10年ほど前にアルグスタで流行ったジュセロー風邪という流行り病に父も感染し、航海にも出られず家の一角で隔離されていたことを思い出した。


「やっぱり、出るのはちょっと……怖いよね」

「ちゅ?」


 布団からひょっこり出てきた白いネズミのまーくんにそっと話しかけるが、当の本人は知ってか知らずか首をかしげるだけだった。


 その時、コンコンと医務室のドアを叩く音がした。医務室には他に誰もいないので、アメリアがどうぞ、と声をかける。

 現れたのは、相変わらず頭に巨大なリボンを乗せたフロランスだった。意外な客人に少し驚くも、すぐに笑顔で応対する。


「あらあら、あなた1人かしら?」

「はい。今はプリンセスの方に行っている人も多いので」

「そうなのね。少し話をしましょう」

「は、はい……」


 アメリアはフロランスが常に浮かべている笑みを不気味がりながらも、渋々話を聞くことにした。


 こういうタイプは昔から苦手だった。笑顔を浮かべるばかりで、腹の内では何を考えているのか全く分からないタイプ。どう接していいのかよくわからない。

 そんなアメリアの気持ちも知らずに、フロランスは話を切り出した。


「艦長さんたちはシュルツさんに会いに行ったらしいって聞いて、少し心配しているのよね」

「心配……ですか」


 心配事など何もなさそうなフロランスから、そんな言葉が出てくるとは思いもよらなかった。アメリアは拍子抜けしながらも、顔には極力出さずに耳を傾ける。


「そう。前までは鉱石を主に扱っていて、武器の流通にも手を貸してくれているんだけど、ここ最近は奴隷商売にも手を出すようになっているの」

「えっ……?」


 初耳だった。あの優しかったシュルツおじさんが奴隷商売に手を出すようになっていたなど、全く知らなかった。


 アメリアは奴隷制を強く憎んでいる。あんな仕組みのせいで父は行方不明になり、母は処刑された。全ての元凶をたどれば、上が下を搾取する奴隷制度のせいなのだから。


「知っての通り、わたしたちは虐げられてきた弱者たちを集めて騎士団の勢力を伸ばしているわ。けれど、支援者が奴隷商売をしているとなれば、騎士団の士気にも影響が出てくるの。そこで、お願いを頼みたいんだけれど、いいかしら?」

「えっと、それは……なぜ私に?」


 ショックを受けていたアメリアだったが、この話をなぜアメリアにしてくるのかが謎だった。フロランスはシュルツとアメリアの関係など知らないはずなのに。

 その答えはフロランス自らがすぐに出してくれた。


「あなたに隠密偵察をしてほしいの。ジエイタイの人たちに頼んでみようかと思ったけど、もう出て行ったっていうから、今度はあなたに頼みたいと思って。あなたなら顔も割れていないだろうから」

「ごめんなさい、私の父がシュルツおじさんと仲が良くて、何度か顔も合わせているんです。ですから……」

「あらあら、そうだったの。ごめんなさいね」

「いえ、いいんです」


 やはりシュルツおじさんの話を聞いて内心穏やかではなかった。彼が忌むべき奴隷貿易を行っているなど、信じたくはなかったのだ。


 お父さんがあんな顛末を辿ったのに、奴隷を扱うなんて。


 お金を目の前にすれば、人は変わってしまうのだろうか。そんな虚しさを感じながら、まーくんの頭を撫でていた。


 だが、ここで何もしなければ変わらない。それどころか、動かなければ人は堕落する。

 ならば、自分がそれを変えなければ。アメリアの心は決まった。


「でも、私は行きます。直接会って、おじさんにやめさせるよう言ってきます」

「行ってくれるかしら」

「はい。もちろん」


 アメリアは即答した。

 テーブルの上に置いていた通信機を取り、マスクを着けて立ち上がる。

 必ずおじさんを説得する。そう心に誓って。

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