62話 意図

「いたか?」

「いえ、見つかりませんでした」


 奴隷市場を急いで回り終えた矢沢ら4人は、先ほどの道路まで戻って確認を行っていた。

 だが、矢沢と大宮、波照間や佐藤のチームが2回ずつ確認して回っても、邦人の姿は見いだせなかった。


「やっぱり、もう全員売られてしまったのでしょうか……」

「諦めるなよ佐藤。まだどこかにいるはずだ」


 弱気になる佐藤を大宮が励ましている。彼の言う通り、まだ誰か残っていればいいのだが。


 ロッタを追跡しているのか、ネズミ捕りのために展開していた兵隊がどこかに消えている。矢沢らにとっては情報収集を行う絶好の機会ではあるものの、それより気になることがあった。


「波照間くん、佐藤、大宮。少し気になることがある。聞いてはくれまいか?」

「ええ、もちろん」


 波照間らも神妙な面持ちで返答する。どうやら何のことかは既にわかっているようだ。


「検問の兵士たちだが、彼らはどこからフロランスとロッタがこの島にいるという情報を嗅ぎつけたのだろうか。彼らは知りようがない情報のはずだが」

「そのことは気になっていました。情報が広がるのがあまりにも早すぎますし、そもそも内部の人間しか知らない情報です」

「ああ。考えたくないのだが……」


 矢沢は言葉を切り、目を逸らした。


 あおばかアクアマリン・プリンセスにモール、つまり潜入工作員がいるのではないか、などと言えるわけがない。

 それ以前に、この世界の文明レベルから考えても、ここまで効率よく最新の情報を共有する方法などないはずなのだ。


 あおばやアクアマリン・プリンセスが停泊しているのは島の裏側の沖合数キロの海域、そこでスパイと合流し、すぐに街へ情報を流すことなど不可能に近い。

 そもそも到着予定時刻は不確かで、停泊位置も基本的に鈴音など航海科の一部と矢沢、佳代子くらいしか事前に知らないはず。

 おまけに、あおばがハイノール島へ移動するという情報など島へ流すことができるわけがなく、そこに偶然合流予定のスパイが待っていて情報を受け渡すことなど、普通に考えて物理的に不可能なのだ。


 そんな状況下で、どうやってフロランスとロッタがこの島にいる、という情報をハイノール島へ到着してから半日も経っていない中で駐留軍に通達し、ネズミ捕り部隊を展開させることができるのか。


 どんな方法であれ、そんな情報がハイノール島へもたらされているのだとすれば、あおばの存在が既に割れている可能性が極めて高い。これは一刻を争う深刻な事態だ。


「もちろん、この世界の文明レベルではありえないが、未知の魔法ならば可能性がある。私は何が来ても驚かない」

「ですね。ルーラが使える魔法使いとかいたりして」

「事実なら全く笑えない話だ」


 ゲーム好きな佐藤は冗談交じりに笑うが、矢沢は逆に頭を抱える。

 ルーラといえば、RPGゲームのドラゴンクエストでお馴染みの移動魔法だ。一度行った場所に一瞬で移動できるという呪文だが、これが実在するのであれば極めて脅威になりうる。


 アリサやパベリック、デゼル、捕獲した帆船の一部乗員といったアセシオン軍兵士は元より、フランドル騎士団内部のアセシオン軍スパイ、乗客に紛れて乗っているスパイも可能性が浮上する。

 それどころか、別の誰かに変身する魔法なんてものもあれば大問題だ。それこそ、あおばそのものが乗っ取られる可能性すらあるのだから。


「ダメだ、考えれば考えるほど嫌な想像が頭に浮かんでくる」

「よくよく考えると、魔法ってとんでもないじゃないの……」


 矢沢は片手で顔を覆いながら歯を食いしばり、波照間は青ざめた顔を隠そうともしない。


 だが、そういう魔法があるかどうかはアメリアや騎士団の誰かに聞けばわかる。矢沢は通信機でアメリアを呼び出した。


「アメリア、聞こえるかね」

『はい、大丈夫です。私も連絡したいと思っていたので』


 アメリアはすぐに出た。通信感度は悪いものの、彼女の控えめで可愛らしい声が聞こえてくる。


「少し聞きたいことがある。この世界には遠距離通信を行う魔法はあるか? それと、変身や瞬間移動などもできるか聞きたい」

『遠距離通信に変身、それに瞬間移動ですか……えっとですね、遠距離通信は狼煙やかがり火を使うことである程度の速度を出せます。後はロケーティングを使えることが前提ですが、ロケーティング時に放つ魔力を一定間隔で流すことで通信を行うこともできます。とはいえ、無指向性なので他にロケーティングを使える人がいれば傍受されてしまいますけど』


 アメリアは淡々と説明する。やはり一般的な通信方法は原始的だが、一部の魔法使いは魔力を発振し敵の存在を探知するという『ロケーティング』という魔法を使うことで一定の距離内で通信を行えるらしい。


「なるほど、他には?」

『変身魔法は物好きな人なら使うかもしれませんけど、スパイなど隠密目的で使うようなことはありえません。それこそ物や虫みたいなものにも変身できますけど、使っている時は特徴的な魔力を発するので、変身魔法を使用していることがすぐにバレちゃうんです。バレれば魔法でかき消せますし。それこそ仮面をつける方が正体を隠すのに向いています。あくまで余興用の魔法ですね』

「わかった。瞬間移動は?」

『そんなことができるなら、それこそ世界は大混乱だと思います。強盗も暗殺もやり放題ですから。空を飛ぶ魔法でさえ使える人は世界でも5人もいないと思います。これでも小さい頃から魔法は研究しているので』

「そうか。参考になった。ありがとう」

『いえ。では後ほど……』


 アメリアは小さく笑うと、そのまま通信を切った。

 直後、今度は誰かから連絡が入った。すぐさま耳を傾ける。


「誰だ?」

『ああ、かんちょー! 聞いてくださいよう!』


 連絡をよこしたのは佳代子だった。不貞腐れているのが声からでもわかる。


「副長か。何事だ?」

『アメリアちゃんが逃げちゃったんですよ! 光をどばーっと出して空を飛んでたんです!』

「空を飛んだだと!? アメリア、まさか嘘をついていたのか……?」


 佳代子の報告に狼狽する矢沢。アメリアが一体何を考えているのか、彼には本格的にわからなくなっていた。

 だが、伝えるべきことは伝えなければならない。艦の保全を行わなければ、今までの努力は無駄になるからだ。


「副長、今すぐ艦を沖合に移動させるんだ。それと、ヴァイパーとシーホークを待機させてくれ。島に我々がいることがバレているかもしれない」

『りょ、りょーかいですっ!』


 佳代子は慌てて答礼するなり、通信機を切った。

 状況が呑み込めない。矢沢はこの恐怖をいつまで味わわされることになるのかと考えながら、通信機を握り締めていた。

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