101話 戦う覚悟

 長嶺の提言と幹部会議での結果を受け、矢沢はアメリアと愛崎の帰りを待って乗組員全員に召集を行った。ちょうど幹部会議から3日後のことだ。


 あおばの後部飛行甲板には乗組員278名に、客員である波照間とアメリア、AH-1Zの乗員である三沢と横田、SH-60Kの乗員である萩本と夢原、一之瀬を加えた、総勢285名が揃っている。分隊と兵科ごとに分かれ整列している姿は、否が応でも矢沢の気持ちを引き締める。


 この全員を守る必要がある。そして、あおばの後方に停泊するアクアマリン・プリンセスの乗員乗客たちも。


 矢沢は青木の私物らしいカラオケマイクを艦内放送用のスピーカーと繋ぎ、乗組員全員の前に立つ。


「おはよう諸君。今日は我々の任務について説明をしたい。今現在、我々は地球とは違う世界に迷い込み、アセシオン帝国に拉致された邦人たちの救助を目指し行動している。もちろん日本へ帰る手段も探してはいるが、現段階では望みが薄い。決してあきらめているわけではないというのは頭の片隅に入れておいてほしい」


 乗組員から口々に不安の声が漏れる。大丈夫なのか、やばくないのか、戦争になるのか、といった風に。

 だが、矢沢は構わず続ける。


「この艦は我々に残された最後の砦であり、それを維持するにはフランドル騎士団の協力が不可欠だ。そのためには我々が騎士団へ協力する必要もある。それを理解してもらった上で聞いてほしい。我々海上自衛隊、いや、護衛艦あおばは、アセシオン帝国と戦争状態に突入する」

「戦争……」


 会議には参加しなかった幹部や曹士たちは一様に驚愕していた。中にはわかっていたのか黙り込んでいる者もいるが、それは大宮や佐藤、愛崎など、数える程度しか見当たらない。


「だが、それは決してアセシオン帝国を滅ぼすことを意味しない。我々が真に目指すべきは、フランドル騎士団が国家を取り戻し、邦人を解放しつつ、我々が日本へ戻るために必要な『神の力を持つ象限儀』を探すことだ。その過程でアセシオン以外の国々とも戦端を開くことにもなりかねないが、それは仕方のないことだと考えている。私の艦長としての役目は君たちの命を守ることであり、同時に自衛隊の任務は国民を守ることにある。我々が日本から隔絶されてしまった今、拉致されてしまった邦人たちを救えるのは我々あおば乗組員しかいない。基本的な姿勢は対話での解決だが、その過程で戦いが起こることも覚悟しておいてほしい。決して我々が率先して敵を傷つけることはよしとしない。これから行うのは、攻撃ではなく自衛のための戦闘となる。とはいえ、向かってくる敵は基本的にごく少数を残して殲滅することとなる。これは幹部会議で決定されたことだ」


 要するに、自衛隊はアセシオンと戦闘状態に陥るが、自衛隊側は立場を変えない、ということだ。


 戦線の拡大は悪い方向へ転がる。ここで総力戦を起こされれば、奴隷化された邦人も戦争に駆り出されかねない。それに加え、手痛い反撃を食らうことも予想される。


 それより、あくまで自衛のために戦闘を絞ることで、隊員やあおばの余力を確保しつつ、相対してくる敵は殲滅することで力の差を見せつける。武力差と内部工作の二本立て、終戦工作を行う末期国家のような雰囲気だが、戦術的にはこちらが優位であることを利用する。


「諸君の一層の奮励努力を期待する。なお、作戦開始は3日後とする。それまでに意見がある者は早急に提出してほしい。以上、終わり」


 矢沢が宣言すると、隊員たちは声もなく艦内へ戻っていく。煮え切らない表情を見せる者、仕方ないと強引に納得するように緊張した面持ちをした者、ただ強い目線を前に投げかける者。その顔つきは三者三様だ。


「これも仕方ないか……」

「ヤザワさん、疲れてませんか?」


 矢沢が右舷ヘリ格納庫へ入ろうとしたところ、アメリアに声をかけられた。瀬里奈も一緒だ。


「疲れていない、というと嘘になる。本来、この任はもっと上の人間たちが、もっと多くの人的資源を使って行うものだ。たった1隻の戦闘艦が1国を相手取って戦争を起こすなど、狂気の沙汰以外の何物でもない」

「それでもええやん。だって、そうせなしゃーなかったんやろ?」


 瀬里奈は妙に晴れやかな表情を見せていた。先ほどの話を理解できていなかったのか、それとも、単に瀬里奈が楽観的すぎるのか。


「瀬里奈、私たちは殺し合いをする。決してお遊びではない。仕方なかった、などとは口が裂けても言えない。それでも、私たちは人殺しを行う。それは救うべき命があるからだ」

「それならプリキュアも一緒や。危険も承知やけど、誰かを守るためには戦わなあかん。いざとなれば、敵のアジトにも乗り込む。アメリアも言ってたけど、強い連中が対立したら結局は戦わなあかんねん。それでも、うちはおっちゃんらに協力したいと思っとるで」


 瀬里奈は表情を変えることなく言う。まるでアニメの登場人物が安易に発言するかのように。


「アメリアや我々は慣れているが、命を奪うということはとても重いことだ。女児向けアニメのように全部ハッピーエンドなどありえない。むしろバッドエンドが基本だ。人を殺す行為の結果にハッピーは訪れない」

「アホ、そんなのわかっとるわ!」


 急に瀬里奈の態度が変わった。眉をひそめ、拳を強く握って矢沢に大声で言い放つ。


「船に乗ってた人らの死体はうちも見た。あの人らはもう、楽しいこともやりたいこともできへん。そんなの悲しすぎるやん! 何も悪いことしてへん人らがそんな目に遭うくらいなら、うちは武器を持つ悪い人らを手にかけてもええと思っとる! もちろん相手にも家族とかおるんはわかる。だからうちも人殺しなんてしたないけど、それでも相手を殺さな解決できへんのやとしたら、そうせな悪いことしてへん人らは死んでまうんやろ? んなことがうちのすぐ近くで起こるやなんて考えたないねん! うちはただ、何も悪くない人らを守りたい。それだけや」


 瀬里奈は途中から涙ぐみながら、それでも最後まで矢沢の目をじっと見つめて言葉を紡いだ。


 矢沢には、そんな彼女の姿に強い意志とひたむきさを感じながらも、この状況を作り出した全てに怒りと絶望を感じていた。


 こんな11歳程度の幼い少女に、これほど苛烈な思考が浮かんでくるなど、現在の日本では全くもってありえないことだ。

 だが、瀬里奈はその考えに至ってしまっている。この状況を作り出したのは、あおばをこの世界に飛ばした何かの力と、アセシオンの横暴で傲慢な体制、そして何より、自分の判断の至らなさに他ならない。


 傍で困惑しながら瀬里奈と矢沢を交互に見やるアメリアも、多くの兵士や魔物を手にかけているとはいえ、本来ならば未成年の少女だ。

 大人が汚した尻を子供に拭かせるのか? そんなことができるわけがない。


「瀬里奈、大人として言おう。子供は大人にとっては天使だ。アメリアも例外ではない。そんな天使たちに手を汚させるような大人は、自分の責任すら取れない情けない者だ。人間失格と言ってもいい」

「そ、そんなの、ただの意地じゃないですか!」

「せや! うちらだって戦えるねん!」

「意地ではない! これは守るべき倫理だ! そして、君たちは絶対に踏み込んではならない領域だ!」


 矢沢は力の限り2人を怒鳴りつけた。

 これほど言っても聞かないのなら、叱りつけるしかない。子供の手を汚させるなど、あってはならないことなのだ。

 矢沢は振り返って格納庫へのドアに手を伸ばしながら、2人に言う。


「瀬里奈、プリンセスに戻れ。アメリア、今後の方針策定を行う。1830に士官室へ集合だ」


 矢沢はドアをくぐると、その場には口をきゅっと結んだ瀬里奈とアメリアが取り残された。

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