100話 戦わない決意

 休憩時間が終了し、幹部会議が再開された。


 佳代子は自販機で買ったアイスクリームを堪能していたらしく、口の周りが若干白くなっていた。矢沢は自身の口を指差しながら指摘する。


「副長、口元にアイスが付いているぞ」

「うあ!? えへへ、ありがとうございます」


 佳代子は恥ずかしながらティッシュで口元を拭うと、そそくさと自席へ戻っていく。


「相変わらず子供だな。もう少し幹部としての自覚を持ったらどうなんだ」

「一時期休職していた人には言われたくないですよう……」

「それは……そのことは別問題じゃないか」


 徳山は佳代子を𠮟りつけたつもりだったが、手痛い反撃を食らってしまい目を逸らした。


「休職?」

「そのことは触れない方がいい。デリケートな問題だ」


 事情を知らない長嶺は頭に疑問符を浮かべたが、鈴音がそれとなく止める。

 徳山は2011年から3年間をPTSDで休職しており、そのことをいつまでも引きずっている。一般幹部候補生時代の同期で親交も深かった佳代子は容赦なくつついてくるが、他の人々は触れようとはしない。


「みんな、着席してほしい。我々の今後のことだ、できる限り冗談は挟みたくない」

「了解」

「失礼しました」


 幹部たちが短く返事をする中、徳山は軽く頭を下げて謝罪した。


「では、始めよう。改めて意見を聞きたい。波照間くんやフロランスも自分の意見を出してほしい」

「はいっ、わたしからですっ!」


 参加者たちが席に着き、矢沢が開始の合図を出す。すると、佳代子が勢いよく挙手して立ち上がる。


「そもそも、わたしたちがこの世界に突入してからのことが何もかも異常事態なんですよ。生き残りたいなら、もう海自の規定になんて従っていられません。日本に帰れないのは悲しいですけど、帰れる望みが薄いなら戦うべきだとわたしは思ってますっ! 命を奪うのは自衛隊の役目じゃないですけど、守るべき人たちの命を奪ってくる敵を倒せるのは、わたしたちだけなんですから!」

「あたしも副長の意見に賛成ですぜ。部下を守るにはそれしかねえ。ここはあたしらにとっちゃ紛争地帯も同じだ、誰にとっても危険な場所なんですぜ? 誰も助けてくれねえなら、戦うしか手段はないと思ってますよ」

「僕も同意見です。交渉を重視することが前提ですけど。火の粉を払うくらいはしてもいいと思っています」


 佳代子の話に、武本と菅野が次々に賛成する。佳代子は矢沢のイエスマンと化している事実はあるものの、矢沢より部下のことを慮る武本でさえ戦闘には賛成している。

 一方で、徳山は渋い顔をする。長嶺も同じく眉根を寄せると、矢沢をじっと見つめながら意見を出した。


「ですが、やはり違和感があります。ここまで政府側が強硬策に凝り固まってしまったのは、我々の対応が悪かったせいではないでしょうか。最初から対話路線を取っていれば、少しは印象も変わっていたと思います」

「そもそも対話の素地が整っていない、というのが現状です。情報不足は否めない上、我々はあまりにも暴れすぎた。やり過ぎたと言ってもいい」

「そうですよね。さっきは上の決定に従うと言いましたけど、本音を言うと、正面切って戦闘、というのはあたしの本分ではありません」


 自衛隊の不戦を誇る長嶺や慎重意見が常の徳山は当然として、矢沢にとっては意外なことに波照間も否定的に言う。大松も3人に続けて発言する。


「私も安全確保と情報収集を優先すべきだと思います。その過程で戦闘が起こるなら仕方ないですけど、逆に言えば戦闘は一歩下がって自衛のみに留めることにしてほしいと思っています。フランドル騎士団に頼りきりというわけにもいきませんし」

「ふむ……」


 これまでも陸地への隊員派遣は情報収集が基本で、戦闘を目的としたことは最初の救助目的での1度しかない。とはいえ、戦闘もやむなしとする姿勢を容認しており、派遣される度に戦闘が発生していた。


 長嶺と大松の言う通り、一歩下がって戦闘は行わない、必ず逃げるのみに留める、という姿勢を取るべきだったかもしれない。


 これは全く慣れない状況だった、という言い訳を考えたが、そこは自衛隊と憲法の理念を著しく欠如していたと言わざるを得ない。


 ここは明らかな反省点だ。日本との連絡が途絶えたことと騎士団との契約、そして何より成り行きであったとはいえ、安易に武力を行使したこと。それは悪手だったと言わざるを得ないのだ。


 目の前で連れて行かれそうになっている邦人を助けるだけならまだしも、ブローカーの捕縛や艦隊への応戦はまずかった、ということだ。


「……皆の意見はよくわかった。総合すると、戦闘は自衛戦闘に留めるべきだ、ということになる。あくまで武力を行使するのは、我々が攻撃を受けた時のみだ」

「それは救助を諦める、ということかしら」


 ここに来て、フロランスが一石を投じた。普段の表情を全く崩さず、矢沢の痛いところを突いてくる。

 だが、矢沢は迷うことは無くなった。


「最終的に情報を全て揃え、もはや戦争しか手がないとわかれば、その時はアセシオン帝国に対し斬首作戦を決行しよう。ただし、それまでは精力的に情報収集を行う。もちろんフランドル騎士団への支援は怠らないが、それは戦闘を意味しない。皆は異論ないか?」

「自衛に徹するというのであれば、私も賛成です」

「さすがに否定するつもりはありません」


 長嶺と徳山は大きく首肯する。


「わかった。では、それで行こう」


 結論は出た。矢沢は覚書を懐にしまうと起立する。

 他の参加者たちも席を立ち、矢沢に一礼した。


「では諸君、これからも頑張ろう」

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