102話 枢密政策

 全ての貴族たちが一堂に会するとはいえ、帝国議会はただのお飾りでしかない。話し合われることのほとんどが課税に関することだが、それも最近は皇帝に決定権がある。今回も全ての貴族たちに持てる兵力をなるべく多く動員させるようお触れを出し、やや課税を強化しただけに終わった。


 それよりも遥かに重要なのが、皇帝の輔弼ほひつ機関である枢密院だ。ここはアポートルと呼ばれる特権貴族たちの議会であり、こちらが事実上の主要な議会となっている。

 主に近衛騎士団と領主軍の調整や侵略の標的とする国家の選定などの大局的な軍政を行う他、戦後の貴族への獲得領土配分や国教会の運営も行うなど、貴族との協力を必要とする国家の主要事業のほとんどが議題となる。


 300年前までは小国に過ぎなかったアセシオンが周辺の民族を吸収しつつ巨大化できたのは、ひとえに我らの先祖が命を懸けて戦ったからだ、と特権貴族らは言う。本当かどうかも定かではない功績をひけらかし、人々の上に立っているのが彼らだった。


 皇帝は枢密院の議場に入ると、現在集合している7名の貴族と軍関係者、その従者たちが起立し軽く礼をする。

 構成はそれぞれ伯爵5名、侯爵2名、軍関係者や従者は38名となっている。そのうちの1人、サリヴァン伯爵が前に進み出た。ひょろりと線が細い長身であり、紫のジャケットを着込んだ白髪の老齢男性といった風貌で、顎から伸びる白髭が川のように見えている。


「陛下の入場を持ちまして、これより枢密院を開会致します」


 サリヴァン伯爵は恭しく礼をすると、貴族たちの拍手を浴びながら自席へと戻っていく。皇帝も円型に並べられた椅子の中央、白いベルベット地の玉座に腰を据えた。


「よろしい。諸君を呼んだのは他でもない、例の灰色の船をこの世から消し去ることだ」

「灰色の船……」


 ジョージ・ザップランドはかつて大敗を喫した相手の姿が頭に浮かび、唇に血がにじむほど怒りが湧き上がっていた。

 まさに人知を超えた能力を持つ戦闘艦。怒りの奥底には恐怖も混ざっている。


「灰色の船には我も恨みがある。陛下、我らサリヴァン家も手を貸しますぞ」

「感謝する。そこで、具体的な攻略を行いたいのだが、奴らはグリフォンや流星を無力化する力を持っている。あれを血祭りに上げる妙案は持ってはおらんか?」

「妙案? それはザップランドの弟が考えるべきではないのか?」


 アセシオンの北部一帯を支配するローカー侯爵が机に肘をついてジョージを睨みつけるが、それを見たジョージの兄であるヘンリー・ザップランド伯爵が反論する。


「陛下は皆の協力を欲しておられるのです。そちらの本営部長も協力してもらいたい」

「……まあいいだろう。ミーシャ、お前はしばらく帝都に留まれ」

「イエッサー」


 ローカー侯の命令を受け、茶髪の若い長身女性は強くはっきりと返事した。それを見て、他の貴族たちも子飼いの本営部長に小声で指示を出していた。


 本営部長は領主軍における軍令の担当者であり、自衛隊における統合幕僚長に当たる役職と言える。それを近衛騎士団の下につけるということは、領主軍も近衛騎士団に合流することと同義だ。


「なお、作戦はしかと用意してあります。我らが旗艦ゴスペルと領主軍艦隊の増援、そして持ちうる全てのグリフォン部隊を運用すれば、必ずや敵を葬れるでしょうな」

「全てのグリフォンを運用するだと? 総勢800騎はいるのだ、航空管制はどうする?」


 ジョージが勇ましく言うが、そこに若年のベルリオーズ伯が口を挟む。彼はオルエ村を含む南西部を支配する伯爵だ。


「問題ありません。ヤニングス、お前の力を借りたい」

「了解しました」


 ヤニングスはなるべく表情を出さないようポーカーフェイスを装いながらも、ジョージに目配せする。


「手前が持つ神の奇跡で航空管制は可能です。部隊間での意思疎通の仲介は手前が行いますので、灰色の船に対し飽和攻撃を行えます」

「素晴らしい。では、まずは再び人質を用意し、敵をおびき寄せて包囲殲滅を行う。それでよろしいですかな?」

「ふむ……」


 ベルリオーズ伯は腕を組みながら青い瞳を湛えた目を閉じた。


 報告の通りであれば、灰色の船は極めて高い対空攻撃力を持つ。それに、魔法防壁を完全に無力化する武器も持ち合わせている。

 本来ならば、あのような人知を超えた敵と戦うのは悪手でしかない。ましてや情報も少ない段階で。


 本人は隠しているつもりだが、ヤニングスの態度を見ればわかる。彼も自分と同じく、本来ならば講和派なのだと。

 だが、それは口が裂けても言えない。特権貴族なのにアルグスタの街をエルフに破壊され、オルエ村から徴税も満足にできない無能当主と後ろ指をさされる立場上、これ以上弱腰な姿勢を見せれば家の存続も危ういのだ。


「作戦立案に関しては、追ってこちらから報告しましょう」

「よろしい。ジョージ・ザップランドよ、貴様には期待しておるぞ」

「はっ。ありがたき幸せ」


 ジョージは不敵な笑みを浮かべたまま一礼。この時点で勝利を確信したかのような自信に溢れていた。

 それ以降は投入できる戦力の配分と補給の調整に終始した。あおばを撃沈する手はずは、着々と進んでいる。

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