番外編 怨念の足枷・その4
多数の人間が生活する公共空間でありながら、密室と化していたと思われる艦内。一体何が行われていたのか。それを早く調べないことには、事件は解決できないだろう。
証拠隠滅が憂慮されたため、西原の遺書にあった勝浜と桐生は現在仕事中であるものの、第3分隊の他乗組員より優先的に事情聴取することになった。もちろん非番の第3分隊隊員も並行して聴取を行うが、他乗組員の聴取は先任伍長の武本とカウンセラーの青野が担当し、2名だけは第3分隊長の長嶺と艦長の矢沢が担当することになる。
貸し切り状態となった士官室では、矢沢と長嶺が机に書類を広げて待機していた。そこに、1人目の被疑者である勝浜が士官室のドアをノックする。
「勝浜3等海曹、入ります」
「入れ」
長嶺が入室を促すと、機関科のガスタービン員である勝浜が入室し、矢沢と長嶺に一礼。その態度は一般的な自衛官と変わらず、矢沢が違和感を覚えるようなものでもなかった。
機関科は護衛艦の機関や発電機の管理の他、ダメージコントロールや艦内工作を担当する部署であり、勝浜は高速発揮用ガスタービンであるLM2500IECの整備点検の担当となる。一方で自殺した西原は艦内電源や推進用の発電機の整備点検担当で、分隊は同じだが、その下の班分けでは別班となっている。
低速巡航用ガスタービン担当である桐生も含めた3名にそこまで強い関係性はなさそうだが、どこで接点を持ち、西原を自殺にまで追い込んだのか。その聴取の第一歩が始まろうとしていた。
「まずはかけてくれ」
「は。失礼します」
矢沢の呼びかけに、勝浜は姿勢を正して返答。その後は余計な仕草をすることもなく静かに着席する。
2曹という立場から見ればかなり目上の立場である艦長が目の前にいて、自分は特別に呼び出されているというのに、勝浜は全く緊張している様子を見せていない。なぜ呼び出されたかもわからないといった風体でもなく、ただストレスへの耐性が高いだけなのだろうか。
勝浜が着席したところで、矢沢は人事記録を横目で見やりながら質問を始める。
「勝浜2曹。君の活躍は十分に評価している。ちょうど東日本の時期は私とちょうかいでの勤務を経験しているな」
「別分隊ではありましたが、艦長の活躍は度々耳にしておりました」
「あの頃はひどかった。君が思うほどのことはできていない」
矢沢は差し障りのない世間話をしながら、相手の様子を逐一伺っていた。
勝浜の態度は、上官に接する下士官の態度そのもの。やはり艦内でいじめ事件を起こすような邪悪な一面は見えてこない。
すると、何をしているのかと言いたげな目を長嶺がよこしてくる。さすがに嫌な視線を気にした矢沢は、襟を正して本題に入ることにした。
「では、本題に入ろう。同じ機関科の西原が行方不明になった件だが、君が何か知っているという話が入っている。心当たりはあるか?」
「特にありません。確かに時々様子がおかしかったことはありますが、それは他の隊員も同じです」
「ええ、確かに異世界という異質な環境において、隊員たちの心労も平時とは比べ物になりません。だからこそ民間のカウンセラーを雇うことで隊員たちのケアをしているんです」
抽象的な物言いで流そうとする勝浜に、長嶺がピシャリと意見を叩きつける。それでも勝浜には効果が無いのか、目を伏せて残念そうな仕草をする。
「それは承知しています。とはいえ、それでも隊員たちには不満が溜まります。何が起こってもおかしくありません」
「起こってしまっては遅いんです。知っていることを全て話してください」
「長嶺、そのくらいでいいだろう」
「……っ、艦長」
叱りつけるような言葉遣いをする長嶺に対し、矢沢はなだめるように口を挟む。長嶺は不満げな目を一瞬だけ向けるが、すぐに前を向いて押し黙った。
長嶺の怒りもわかる。自分の部下が自殺し、しかも別の部下が犯罪行為を始めとしたいじめをしていたとなれば、怒りも覚えるのも無理はない。
だが、ここは情報を集める場であって、犯人をつるし上げるようなことはできない。矢沢はライザでの反省を踏まえた上で彼を早めに呼び出したものの、より多くの情報を得るため穏便に接する姿勢は崩してはいなかった。
とはいえ、チャンスは無限にあるわけではない。矢沢は何か話してくれと思いながら、勝浜に対し静かに語りかける。
「西原の一件は確かに氷山の一角かもしれない。だからこそ、我々幹部には再発防止を徹底する義務がある。この艦だけでない。4000名近い日本人が、異世界という地で生き抜くため、そして日本に帰るために、全力で事に当たる必要がある。いや、それ以上に、仲間を喪うことは辛い。何か知っているのなら、話してもらえないか」
「……申し訳ありませんが、話せるようなことは何もないと思います」
「そうか。残念だ」
勝浜のわずかに言いよどむような口ぶりと否定の言葉に、矢沢は小さくない失望感を覚えていた。
彼から言い出さないのなら、もはや気を遣う必要はない。
矢沢は懐から西原の遺書のコピーを取り出し、勝浜の前に置いてみせた。
「これが何だかわかるか。西原が残していたという遺書だ。ここには西原が君や桐生から日常的な暴力を受けていた上、艦内での賭博や職務怠慢など様々な行為が書き連ねてある。勝浜3曹、君を通常の職務から外すと共に、自室での待機を命じる」
「……っ!?」
矢沢の命令を聞いたところで、勝浜は何度もまばたきをしながら口をかたく閉じた。驚いているのは明白だ。
他でもない艦長からの命令を聞いたところで、外行きの表情しか見せなかった勝浜が初めて本心に近い表情を見せた。
続く桐生は一切の無表情を貫いていたものの、同じように黙秘をしたところで矢沢が謹慎を命じたところで、むっとした表情を見せた。
結局、2人とも何も話してはくれなかった。これは長引くと思いながら、矢沢は次の調査に移るのだった。
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