88話 おぞましい魔法
「アメリア!」
矢沢はひたすら城内を駆けずり回った。巡回する兵士たちも何か通達が出ているのか全く攻撃してこない。そのことも助かり、瀬里奈が言っていた豚小屋に辿り着けた。
レンガを部屋の形に組み上げただけのような、まるでブロックのおもちゃで作られたような建物からは、多くの豚たちの鳴き声が聞こえてくる。もちろん鳴き声そのものは地球のものとやや違うが。
豚小屋と訳されてはいたが、規模は小規模の養豚場に近い。ここで宮廷や使用人の食事となる豚が数十から数百は飼育されているのだろう。
「瀬里奈、本当にアメリアがここにいるのか?」
「せやて看守の兄ちゃんが話しとったで。アメリアはネズミを使ってうちを逃してくれたんや、今度はうちが助ける番や!」
「ネズミ?」
「アメリアが飼ってるネズミや。白っぽくて小さいねん」
「ネズミ……まさか」
いつだったか、アメリアや瀬里奈に艦内を案内していた際、村沢1尉が話していたアメリアの体内に住み着いたネズミのことか。まさかペットとして飼っているとは思わなかったが。
「そのネズミがな、牢屋の鍵を取ってきてくれてん。アメリアは別の場所に連れてかれた後やったけど……」
「そういうことだったか」
瀬里奈だけが外に逃げ出せていたのはそういう理由か。彼女の話ではアメリアと同じ場所にいたようだが、後から移動させられたという。
そうなると、アメリアを見世物に使っているか、何らかの懲罰を受けさせられていると考えていい。
いや、豚小屋ということは、せいぜい掃除や世話係といったところか。
渋い顔をする掃除係の横を通り過ぎ、豚小屋へ侵入する。
「アメリア、どこだ!」
獣と排泄物の臭いが充満する豚小屋を駆け抜け、アメリアの姿を必死に探す。
彼女は右も左もわからない我々を導いてくれた、いわば命の恩人だ。アメリアを助けることは使命と言ってもいい。
それに、矢沢には個人的にアメリアを『助けたい』と思っていた。
運命に翻弄され、大切なものを失ってしまったアメリア。この世界で我々を導いてくれた礼としてだけではなく、ただ彼女を『助けたい』のだ。
自衛官としての人生で、困った人々は数えきれないほど見てきた。もう手遅れの状態になってしまった人さえいた。
自分の努力で助けられる人々がいるのであれば、できる限り助けたい。矢沢はその信念のもとで今この場にいる。
「アメリア、アメリア!」
「はい……?」
聞き慣れない鳴き声で埋め尽くされる中、どこかから小さくアメリアの声が聞こえてくる。
だが、それらしき人影はどこにも立っていない。
「もう一度返事をしてくれ、アメリア!」
「ヤザワ……さん……」
耳を澄まし、余計なノイズを意識に入れないようにしつつ、アメリアの声だけを聞き分ける。
すると、彼の背後から声がすることに気付いた。意識するより先に、体がそちらへ向いていた。
「アメリア……!」
「あは、ヤザワさん……お久しぶりですね……えへへ」
アメリアは人間が歩く通路ではなく、豚たちが暮らす背の低い檻の中にいた。それも、素っ裸で部屋に敷き詰められた藁に寝転がり、頭につけられた豚耳つきのヘアバンドを嬉しそうにいじっていた。
「アメリア、何があったんだ!」
「ふわぁ……さっきまで寝ていたので、ちょっと覚えていません。確か、さっきは旦那様と楽しく……」
アメリアは寝ぼけているのか欠伸をしながら体を起こす。
出会った時は攻撃を行うまでに裸を見られて恥ずかしがっていたが、今はそんなことなど全く意に介していないどころか、自ら豊満なバストや艶やかな鼠蹊部を見せつけてくるように胸を張っている。
だが、矢沢にとってアメリアの性的魅力など頭に入ってこない。彼女がなぜこうなっているのか、それを知りたいという思考だけが頭を支配していた。
「そうではない、連れ去られてから何をされたんだ!」
「えっと、ライザちゃんに連れて行かれて、セリナちゃんと牢屋に閉じ込められちゃったんです。そこで皇帝陛下の悪口を言ったせいで、宮廷魔術師のおばさんに洗脳の魔法をかけられちゃって、豚にされてしまったんです。えへへ……」
アメリアは最初こそ単に思い出すように話していただけだったが、最後の一言だけは嬉しさと恥ずかしさが混ざったような、まるで惚気話をしているかのように言っていた。
明らかに異常だ。アメリアの言う通り洗脳が施されているのだろう。
ただ、自分がどのように洗脳されたかなど理解できるわけがない。それなのに、アメリアは洗脳の魔法をかけられたと認識できている。
それを聞こうと思った時、瀬里奈が遅れてやって来た。
「あ、アメリアとおっちゃ……って、何してんねん!?」
「あは、セリナちゃん! ついでにヤザワさんも見てください。私、豚になったんですよ。この方は私の旦那様です。えへへ」
「豚が旦那とか引くわ……元からおかしいわ思うとったけど」
アメリアは満面の笑みを見せながらそう言うなり、同じ部屋にいた大きめの豚を手招きで呼び寄せた。
豚と呼ばれた動物は黒っぽい毛並みを持った獣で、どちらかというと猪に近いが、鼻はバクのように長い。
旦那様と呼んだ豚が隣に来ると、アメリアは顔を擦り合わせた。それも、頬を赤く染め、半ば蕩けた表情さえも見せて。
ペットにするようなものではなく、どう見ても対等な存在、人間の男女同士で行うような愛情表現だ。
「うせやろ……アメリア、だいぶ強い魔法にかかっとるで。嫌な魔力がビンビン伝わってきよる」
「そうなのか?」
「セリナちゃんの言う通り、私の洗脳は数日の準備と発動期間を要する高位の魔法です。意識も記憶もはっきりしているんですけど、強い魔力で文字通り身も心も捧げさせて、どんなに非常識な命令にも当たり前のように従わせます」
瀬里奈を差し置き、アメリアはスラスラと自分にかけられた洗脳魔法のことを説明する。ここまで理解できているのに洗脳されているなど、矢沢には信じられなかった。
「非常識て……豚の嫁になることでもかいな?」
「この旦那様のお嫁さんになって子供を産むこと。それが私にかけられた洗脳です。肉体さえも強い魔力の暴力で従わせるので、今の私は豚の赤ちゃんも産めると思います」
「嘘だろう、そこまで……!」
矢沢は自らに課された異常な命令さえも涼しい顔で説明するアメリアの姿に恐怖を覚えると同時に、こんな残酷な命令を下した者に対し強い怒りが湧き上がっていた。
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