87話 城門前

「着いたわよ。そこに停めて」

「はいはい、了解」


 アリサが指示を出すと、愛崎三曹は困り顔で自身の坊主頭を撫でながらハンドルを右に切り、天守の正門前に車を停めた。


 正門前にはアクアマリン・プリンセスに忍び込んでいたスパイ、ライザ・ソコロヴァに加え、7名の騎士が姿勢正しく立ち並んでいた。

 その中でも特に背が高く筋肉質の、青い騎士服を着た他の騎士とは違う、白と赤の騎士服を身に纏っている中年男が、ロッタたちの言う『ヴァン・ヤニングス』だろう。


 車を降りると、ヤニングスと思しき男が1歩前に出て会釈してくる。


「ようこそ、シャルドワーセ城へ。心から歓迎いたします。手前はヴァン・ヤニングス、近衛騎士団陸軍部団長です」

「こちらこそ、お招きいただき光栄に思います。日本国海上自衛隊、護衛艦あおば艦長の矢沢圭一一等海佐です」


 ただの外交儀礼だろうが、ヤニングスは口元を緩めて握手を求めた。矢沢も応じ、軽く手を握る。彼の目は一切笑っておらず、手に入る力もぎこちなさを感じた。


「ふん、ゴミめ」

「ダメよロッタちゃん。わたしはフランドル騎士団の巫女、フロランス・ジョエル・ド・フリードランドよ」

「あなた方とは前回お会いしましたね。あの手際のいい撤退劇には舌を巻いた」


 そっぽを向くロッタはしょうがないが、フロランスは普段通りにこやかにヤニングスと握手を交わす。車内で聞き及んではいたが、1度交戦したことがあるらしい。


 それより、矢沢にとっての懸案事項は拉致されたアメリアと瀬里奈のことだ。矢沢はヤニングスにそのことを伝える。


「到着してすぐで悪いのですが、そちらの彼女らが拉致した少女たちの安否が知りたい。まずは面会を求めます」


 どれだけ取り繕うと、人道上許されない行為であることには違いない。矢沢は当てつけにもなっていない抗議の意を目一杯込めてアリサとライザに目をやった。アリサは顔をしかめたが、ライザは全くの無反応だ。


「承知しました。では、こちらへ──」

「艦長のおっちゃーん!!」


 ヤニングスが言い終わる前に、聞くのを待ちわびた声が門の向こうから響いてきた。矢沢は思わず声を張り上げる。


「瀬里奈、瀬里奈なのか!?」

「せやで!」


 元気いっぱいな返事と共に、門の脇に設けられた通用口から瀬里奈が飛び出してきたのだ。

 さすがに元から持っていた服は奪われたのか、麻か何かの植物を編んで作られた、亜麻色の質素な服を着ていた。


「おっちゃん、来てくれたんやな! 紫の姉ちゃんにロッタも!」

「何度言わせる、ロッタと呼ぶな!」

「ん゛っ!?」


 やっと瀬里奈と再会できたと思ったら、逆上したロッタが瀬里奈の股間を強く蹴り上げたのだ。もちろん、彼女は痛みで悶絶している。


「なに、す……ね、あぁ……」

「何をしているロッタ、二度とするなと言っただろう!」

「お前もしつこ──」

「はいはいロッタちゃん、女の子の大事なところにおイタしちゃダメよ?」


 矢沢がロッタを強く叱責するが、彼女が聞き入れるわけもない。またもや矢沢に金的を食らわせる直前、今度はフロランスの股間蹴りがロッタの大事なところを襲った。


「……あれは何をしているんだい」

「知らないわよ」

「これが彼らの世界での挨拶ですか。なかなかに興味深いですね」


 ライザとアリサは完全に呆れているが、ヤニングスだけは何故か真顔で見当違いの分析をしている。


 それより、気になるのはアメリアの行方だった。


「騎士団長、瀬里奈がここにいるということは、アメリアもいるということになる。彼女はどこに?」

「ここにはいません。陛下との会談後に面会できるよう取り図ります」

「まずは安否確認からだ。できないのなら交渉しない」

「……わかりました。できる限り早めに」


 何かやましいことでもあるのか、ヤニングスの表情が曇っている。矢沢が強気に押すと前向きな発言こそ出たものの、すぐには会わせられないらしい。


「せやせや、アメリアのことが1番気になるんや! どこに隠してん!」

「すぐに面会できるよう便宜は図ります。丁重にもてなしておりますので、しばらく待機を」

「嘘や! 看守の連中から聞いたで、豚小屋がどうのこうのって! どこや!」

「豚小屋……?」


 矢沢は耳を疑った。瀬里奈が発した言葉が嘘でなければ、アメリアが非人道的な扱いを受けている可能性がある。

 そのようなことになっているのなら、なおさら許すことはできない。矢沢はヤニングスに凄んだ。


「我々は拉致被害者を返してもらうためにここへ来た。全面対決を望むのならそれでいい。私や邦人の誰かが死ねば、直ちに部下がアセシオンの交通網や拠点を破壊し尽くす」


 それだけ言い終えると、門の内側へ戻る瀬里奈を追って入城を果たした。

 ヤニングスは何も言わず、ただ矢沢の背中を見送るだけだった。

 そんな彼に、フロランスが静かに語りかける。


「どうかしら、あの人たちの強さは」

「組織の長というより、一個人の考えに従って動いています。あれほど仲間を対等な人間として思いやるリーダーというのも珍しい。あの世界ではそのようなリーダーが求められるのですか?」

「あなたたちは国のために戦ってるけど、あの人やわたしは違うわ。大切な仲間のため。ただそれだけに戦ってるの。リーダーの資質の話じゃないわ」

「大切な仲間のため……ですか」


 ヤニングスはアリサと言葉を交わすライザに目をやった。


 仲間。ヤニングスはライザをそう呼ぶが、当のライザにはその気が一切ない。ただのビジネス相手程度のものだろう。

 皇帝は輪をかけてひどい。人を仲間ではなく、手駒としか思っていない。

 今から工作を行おうとしても、フロランスが持つ神の奇跡でアメリアにかけた洗脳魔法は解除されるだろう。フロランスに手を出せば、今度はジエイタイが会談自体を放棄して何かを仕掛けてくる可能性がある。


 こうなった以上、どう動こうとも会談は失敗に終わる。それならば、対話の余地を残すためにヤザワらの行動を妨害してはならない。


 ヤニングスは今後の趨勢で、騎士団をどう舵取りしていくか、それをぼんやりと考え始めていた。

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