3章 獣たちの狂想曲

351話 海賊自衛隊

 邦人村に帰還する途上、再び幹部会議が開催される運びとなった。


 それも、今回は陸海空問わず幹部や重要職の隊員は全員集合となっている。科長の指揮下にある士官や曹士上がりの准尉、CPO室所属の人員はもちろん、艦の意思決定に重要な影響を及ぼさないであろう陸自隊員たちや医官の村沢桃枝1尉、そしてアクアマリン・プリンセスからわざわざ呼び寄せた空自戦闘機パイロットの東川奈美1尉まで士官室に詰めている状態だ。


 もちろん、そこまでの人数を詰め込めるほど士官室は広くない。よそから持ってきた椅子を部屋の隅に置いて狭苦しそうに座る東川や特殊作戦群の波照間香織2尉には申し訳ない気分になる。


 だが、今回の議題は艦の方針を大きく左右する。できれば、より多くの重要人物たちとは意見を一致させておきたかったのだ。


 人でごった返す士官室の中、矢沢は各々の参加者たちに資料を配る。全員に行き渡ったところで、壁際のホワイトボードを背にして矢沢が話を始めた。


「諸君、まずはアセシオンとの戦いに加え、アモイとの戦いに勝利し、邦人の半数以上を保護できたことを喜ばしく思う。これらの結果は、ひとえに君たちの努力あってのものだ。しかし、その裏では数々の不手際で発生した問題も多い。恫喝まがいの強硬手段を取り、相手政府に危険な選択を強要させたこと、小学生の少女に守ってもらわねば、多数の死者が出かねなかった状況に陥ったこと、そして、自殺という見過ごしがたい事件まで発生したこと。これらの問題を包括的に解決するため、現在の状況を非常事態と認識し、ある程度の内規の変更を行うものとする。その際、少しばかりの法令無視は致し方なしと判断することになる。詳しいことは資料に目を通してくれ」


 矢沢が資料の閲読を促すと、幹部たちはパラパラと書類をめくっていく。じっと資料に目を通すことに徹する者もいれば、頭を抱えてしまう者もいる始末だ。


 とはいえ、この反応は予想の範疇だ。最初からやると分かっていて法律違反を犯すのだから、それに抵抗する者はいて当然なのだ。


 そして、矢沢の予想通り砲雷長の徳山正敏3佐が反論の意見を出す。


「艦長、さすがにやりすぎです。その場その場で決定を下すのならまだしも、最初から法律違反が前提となっては、我々の存在意義が問われます。それに、帰還が可能となった場合、日本政府への影響も……」

「もちろん理解している。方針自体を大きく変えるわけではない。今まで通り邦人の奪還には対話を大前提とするし、艦内での犯罪行為も私刑とならないよう処分は慎重に決める。どのみち、我々はこの世界に適応せねばならない。そのためにも、コンセンサスは必要だろう」

「ですが……」

「やめようぜ徳山。艦長の言う通りだ」


 いつになく神妙な目をした航海長の鈴音孝広3佐が徳山を諫めるも、徳山は納得できていない様子だった。


「鈴音、お前もよく考えるんだ。俺たちは暴力団やテロリストとは違う。武器を持ち、武力を行使することを国家から許された実力組織なんだ。その俺たちが法律を無視すれば、それはクーデターになるんだぞ」

「艦長、ご再考をお願いします。特に先制攻撃に関しては運用上もまずいことになるかと……」


 鈴音と徳山が強い語気で議論している最中、常識人枠の補給長兼衛生長の大松六実3佐も困り顔で苦言を呈した。


 先制攻撃に関しては、艦の保全または遂行中の任務において必要な時に行えるとあるが、これでは範囲が大きい。特に他国との戦争のトリガーになりうる事柄のため、大松も慎重論に偏っているのだ。


「それに関しては、ダイモンとの戦いを想定している。ジンの助けを借りる以上、ダイモンとの戦闘は避けられそうにない。その際に最後の切り札として使うことになるだろうと想定してのことだ」

「ダイモン……艦長たちが遭遇したっていう、あれですか……」


 大松は口ごもりながら目を逸らす。アセシオンでの関与以外にも、もしかするとアモイの事件にも関わっているかもしれない、と報告されていた、この世界の人類共通の敵対種族。象限儀を持っているのは確実とジンから通告されたこともあって、かなりセンシティブな話題になっているのだ。


「もちろん、相手の出方を伺うつもりではある。もし相手との戦闘が避けられるのであれば、原隊復帰まで適用されることはない」

「……わかりました。艦長の判断を信じます」


 大松はじっと矢沢の目を見据えながら、重々しく頷いた。


「これに関しては、しかるべき議論を交えた上で、艦内全員による投票を行って決めたい。この会議に参加した者の3分の2、その他曹士の半数の賛成をもって、この艦のルールを変更したいと思う」


 矢沢が言い終えると、士官室は静寂に包まれた。


 これがどういうことか、もちろん全員がわかっているはずだ。自衛隊という組織を半ば離れ、独自に行動することを完全に認めてしまう、ということになる。それは本国からクーデターと見なされてもしょうがない。


 それでも、やらねばならないことはある。それは反対意見を唱えた者たちにも共有されていた。


  *


 邦人村に入港し、数日経ったあおばの艦内では、今後の行動指針の変更に関する投票が行われていた。


 内容は広範囲に及び、陸自や空自部隊の編入や予備自衛官等の招集から、艦長以下乗員にかかる服務規定の一部変更等も含まれる。もちろん全て任務に必要とされた時に解釈を適用する、という形ではあるものの、法律に抵触するものも少なくない。


 だが、結果は幹部の4分の3が賛成、曹士も3分の2以上が賛成し、艦の縛りが少しばかり緩くなることとなった。


 もはや、戻れないところまで来ている。その意識は隊員たちの内にもあったらしい。


 もちろん、これが最良の判断とはいえない。法律を無視することなど、本来ならばあってはならないことだ。


 それでも行うと決めたのは、そうでもしなければ救助対象である邦人を守れず、日本にも帰還できないという、あまりに辛すぎる現実があったからに他ならないのだから。

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