375話 開け放たれた屋敷

 スキャンイーグルは人力で持ち運べるほど軽量の航空機でありながら、搭載されているセンサーは軍用の高価なものとなっている。


 その大きさのおかげで、都市の上空に侵入しても高度を取れば気づかれる恐れは少ない。指令電波を発信する『あおば』との位置関係の影響で高度は500mより下げることができないものの、電子光学センサーや赤外線センサーの能力があれば、十二分に特殊作戦部隊の支援を行える。


 そのスキャンイーグルから送られてくるデータによれば、潜入した屋敷の庭には人影がほぼ皆無に等しい。巨大な屋根の陰からチラリと覗く人影もあるが、おおよそ効果的な警戒態勢を取っているとは思えない。


「外の警備はザルそのもの、内部は不明、って感じかしら」

「中の構造はわかってるの?」

「いえ、見取り図は手に入らなかったわ」


 ラナーの質問に、波照間は神妙な顔をして否定する。この屋敷自体には奴隷が確認できず、側近も忠誠心が高いという情報が手に入っていたので、見取り図を入手できる隙がなかったせいだ。


 要するに、ここからは何が起こってもおかしくない未知のエリア。作戦の展開には慎重を期さねばならない。


「魔力の放出は極力控えて、アクティブな索敵系の魔法は使用禁止、なるべく通路に身を隠しながら。ブリーフィング通りね」

「はぁ、やっぱりコイツが頼りなのか……」


 青木はナイフと共に装備しているスタンガンを取り出し、複雑な顔をする。


 自衛隊の関与がバレてはいけないということで、銃器の使用は基本的に禁止。やむを得ない場合のみ使用していいと通達されているものの、その後処理に時間をかけないといけないことから、銃器使用のハードルは高い。


 つまり、主戦力は魔法ということになる。そのことを改めて実感させられたのか、アメリアは息を呑んだ。


「やっぱり、私たちの責任は大きいですね……」

「そうなるわね。屋敷の捜索は予定通り3班に分かれるのでいい?」

「ええ。作戦終了時刻は今から50分後、注意して行動すること」

「了解」


 波照間は銀の確認にうなずくと、USPの安全装置を解除しながら作戦終了時刻を通達する。


 他の隊員たちも納得したところで、部隊は3班に分かれて行動を開始。波照間はアメリアと組み、開けた中庭の東側を通って本殿へと侵入。人目を隠せるひさしの下を通り、索敵を行いながら重要書類が配置されていそうな部屋を探す。


 建物は1階建ての構造で、屋根が瓦であることを除けば平安時代の寝殿造に酷似した造りとなっている。壁が少なく開けた空間であり、隠れる場所となりうる家具もほぼ皆無なため、潜入にはかなり不利な家屋と言える。一応、御簾みすで閉じられた場所も多いが、防音機能はほぼ皆無なために、ささいな音でも敵に気づかれる恐れがある。


「全くもう、なんて造りしてるのよ」

「あちこち開けていて、不安になりそうな建物ですよね」


 特殊作戦に不利な要素ばかりの構造に、さすがの波照間も悪態をつかざるを得なかった。それと同じく、アメリアも苦笑いしながら答える。


 波照間は緊張をほぐすついでに、少しばかりの無駄話をする。


「でも、1000年前の日本でも使われていた構造よ。貴族のお屋敷だったの」

「これが貴族のお屋敷ですか……物とか盗まれたりしないんですか?」

「さあね。そこまで詳しくはないから」


 現代日本を生きる波照間がアメリアの疑問に答えられるわけもなく、肩をすくめるしかできることはなかった。


 寝殿造の構造をなぞっているとすれば、目指すべきは寝殿と呼ばれる中央部の一番大きな建物となる。こちらには北西側からラナーと鈴音の班が侵入する手はずとなっており、波照間とアメリアは真東からの侵入経路を取る。


 人目を避けるために廊下の上は通るのを控え、結果的に大回りとなってしまったが、幸いにも警備や住人には姿を見られず侵入地点へと到達。土壁に身を寄せつつ、外から見える御簾を下ろしながら壁の向こう側への侵入経路を探す。


 すると、北側にまっすぐ進み、建物の隅に差し掛かったところで見知らぬ誰かと出合い頭に遭遇してしまった。


「な、誰──」

「っ!」


 頭部が猫型と判断できたところで、波照間は顔を隠すように背を低く取り、アメフトのタックルの要領で敵に体当たりを仕掛け、スタンガンを相手の腹部に押し付けた。


「ううっ!?」


 短時間とはいえ大電流を食らった相手は、白目をむいてその場に倒れこんだ。そこにすかさずアメリアが倒れる人物の体を支え、大きな音が出ないようにする。


 波照間が倒したのは、黒い体毛のマオレン女性だった。赤い派手な装束を身に着けている辺り、ここの住民だろう。


 気絶した彼女をひさしの下に隠すと、彼女が現れた通路の近くに内部への入り口を発見。波照間とアメリアは入り口に取り付き、準備ができたところで波照間が襖を開け、アメリアが内部へと侵入、それに波照間も続く。


 中は無人で、様々な物品が乱雑に置かれた物置となっていた。資料の束もあちこちに置かれており、ここに奴隷の売買記録があるのではと思わせる。


 アメリアと波照間は無言のまま互いに頷き合い、資料の捜索に当たる。両者ともパロムがくれた基礎的な文字資料と照らし合わせつつ、それらしき資料を漁った。


 20分ほど捜索を続けていくうち、アメリアが波照間にハンドサインを送った。資料を発見した、との合図で、波照間は目を見開いて彼女へと駆け寄る。


「見つけました。アセシオンから送られてきた、ニホン人らしき名前を持った人族たちの記録です。どうですか?」

「見せて。どれどれ……」


 波照間が内容を精査していくと、確かに日本人の名前が記されていることがわかった。求めていた資料に違いない。


 とはいえ、これを持ち出すのはまずい。この資料が消えていれば、屋敷の者に目的を教えてしまうことになる。そこで、波照間とアメリアは持ち込んでいたスマホのカメラで片っ端から撮影していく。


 一通り終えたところで、2人は金品の略奪に移る。この倉庫には金や宝石が多く収蔵されており、外の蔵よりも重要な場所であることを示唆している。そのさなか、波照間は隊員たちに報告するのを忘れない。


「こちらマルヒト、資料を入手。直ちに離脱せよ。繰り返す、直ちに離脱せよ」

『『『了解』』』


 通信は全員が応答。どうやら作戦は順調に進んでいるらしい。2人はポケットやバッグに入るだけの略奪品を詰め込むと、侵入口から寝殿の外に離脱。あとは集合地点に戻り、他のメンバーを待つだけだった。


 しかし、唐突にどこからか怪獣の咆哮にも似た轟音が屋敷中へ響き渡った。


「ううっ、何よ一体……!」


 波照間の声も鼓膜が破れかねないほどの大音響にかき消されてしまう。そこで、彼女は潜入が露見したのではないかという危惧を抱く。


 その考えを裏付けるかのように、アメリアは波照間の肩に手を置いた。


「ハテルマさん、屋敷内の魔法防壁の反応が増大しています。もしかすると、まーくんたちが見つかったのかもしれません」

「もう、しょうがないんだから……」


 波照間は半ば呆れながらも、これからどうすべきかを思考し始める。


 現在の服装は、この国の庶民がよく身に着けるような麻布の上下一式で、身分を隠すための頭巾もある。ある程度の交戦は可能だ。


 すると、インカムから銀が声を飛ばしてくる。


『こちらマルヨン、ごめんなさい。敵と出くわして制圧に失敗したわ。警備員が集まってきてる』

「こちらマルヒト了解。下水道に離脱後、マルフタを応援によこすわ」

『こちらマルヨン、援護に入る』

「了解。マルサンはA地点でマルヒトと合流せよ」

『マルサン了』


 波照間が報告を出すと、ラナーが応援に入る旨を通達し、鈴音も波照間と合流することを了承した。


 この段階で波照間や鈴音には、マンホールを目指すこと以外にできることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る