225話 キラキラの街
「キラキラした街?」
「そう、夢で見たのよ! ダーリャの建物なんかよりずっと高いし大きいし、それに窓ガラスが一杯使われてるの!」
朝食の最中、ラナーはあからさまに興奮していた。
どうも、今まで見たことが無いような煌びやかな都市の夢を見たようで、食事にも手をつけずにその様子を延々と語っていた。
矢沢からすれば夢のことなど語られても困るだけなのだが、そうとは言えないような単語が次々にラナーの口から飛び出してくる。
「それでね、馬のいない馬車がひとりでに走っていくの! 前に光をピカーっと照らして、道路を走ってくの! それにね、赤い骨組みの鉄塔があって、それも遠くから見てるのにすごい高さなのよ!」
「ふむ……」
矢沢が気になっていたのは、その馬のいない馬車や赤い鉄塔、それに黒く舗装された道路、窓ガラスが大量に張られた建築物群。どこかで聞いたことがあるような話ばかりだ。
まさか、地球のどこかの光景なのか。
そうではない可能性もあったが、この世界と地球は何かしらの繋がりがある。それを考えると、地球の情景としか考えられなかったのだ。
矢沢はそれを聞く前に、傍に控えていた2人のメイドを追い払う。
「そこの……あぁ、ジゼルくん、替えの水差しをくれないだろうか。それとアニスくん、寝癖がついている。直してきてはどうだ?」
「はい。かしこまりました」
「……っ!? き、気づいてたなら早く言ってよ!」
人族のジゼルは器量もよい上に仕事もそつなくこなす。恭しく一礼すると、奥のキッチンへと姿を消した。
一方のアニスはエルフの子供メイドで、まだ客に対して敬語を使うことを覚えていない。矢沢がハネた髪を指摘すると、頬を赤らめてそそくさと部屋から出ていった。
邪魔者は消えた。この時間はどのメイドも業務が入っていて、盗聴される可能性は低い。ラナーにも常に警戒してもらっているので、今は安全と言えるだろう。
矢沢は席を立ち、上着のポケットからアモイ製のパピルス紙と羽ペン、インクを取り出してラナーの隣へと移動する。そこで簡易な絵ではあるが、東京タワーを描いて見せた。
「まさかとは思うが、これを見たのか? 色は赤基調、途中は白く塗装されている」
「あっ、そうそう! こんな感じ! でも、何で知ってるの!?」
東京タワーの絵を一目見たラナーは、パピルス紙を引っ掴んで矢沢に早口で問いかけた。ラナーの勢いに押された矢沢は少しばかりたじろいだものの、東京タワーの絵に目をやるとそれも落ち着いた。
「これは日本にある東京タワーという建造物だ。つまり、異世界の光景ということになる」
「異世界……っ」
ラナーは呆気に取られたように東京タワーの絵を眺める。しばらく食い入るように眺めていると、目を星のように輝かせて矢沢に向き直った。
「ネモさんが来たところって、あんな景色が広がってるんだ……! すごい! あたしも行ってみたい! ネモさんが来たところに!」
「はは、それはどうかな。私たちでさえ帰れる目途は立っていないというのに」
「帰れるようになったらの話! ね、いいでしょ?」
ずいずいと矢沢に擦り寄るラナー。まさにおもちゃを買ってくれと頼む子供のような態度だ。
かなりしつこく迫られ、とうとう矢沢も折れる。
「わかった。その時はついて来るといい」
「やった! ありがと! ぶい!」
ラナーは、にひひ、と快活な少年のような生意気な笑みを浮かべつつ、Vサインを作る。歳は重ねていても、精神年齢は人間で言えば少女のそれだ。
地球人類や、この世界の人族は20歳までには精神が成熟する。アメリアがまさにそうだったように。
一方で、ラナーらエルフは60歳から成人の決まりだ。その秘密は精神の成長具合にも差があるからなのかもしれない。
ただ、一方で気になることもできた。先ほどラナーがやったVサインのことだ。この世界にまさかアルファベットがあるわけでもあるまいに。
「……? ラナー、そのハンドサインは一体何だ?」
「ああ、これ? これはね、お母さんのおまじないなの。どこかの神様を信仰してたエルフの伝承だって聞いたけど、あたしにもよくわかんない」
ラナーは再びVサインを作るが、本人は首を傾げるばかりだった。
地球におけるVサインはヴィクトリー、つまり勝利の頭文字だが、こちらではハンドサイン自体に信仰の意味があるのか。
興味深い話を聞いた。矢沢はラナーの頭を何度か撫でると、自分の席へと戻る。
「とりあえずだ、朝食は食べておくべきだ。毎日健康でいないと、あちらの世界ではやっていけないぞ」
「もっちろんよ!」
ラナーは屈託のない笑顔で応える。
とても快活で明るい少女。どこか、阪神淡路大震災の時に出会ったカヨという少女にも似ていると感じつつ、着席して目の前の食事にありついた。
*
「外国人の一斉検査ぁ?」
「ええ、ダーリャの外国人は絶対に受けるようにと。外国人であれば帰化人や奴隷も対象です」
ラナーは聞かされた報告に対し、呆れとも驚愕とも取れるような語尾が間延びした声を発する。その話を持ってきたコニーは至って平静だったが。
一方で、矢沢は頭を抱えるしかなかった。ラナーでさえ驚くような事態ということは、政府側にあおばのスパイが紛れていると知られた可能性がある。外国人の検査もそのあぶり出し、というわけだ。
バレるにしても早すぎる。この国に入国してから半月も経っていないというのに、どこから漏れ出したのだろうか。
とはいえ、くよくよしていても始まらない。矢沢は早急に手を打つことにした。
「ラナー、検査が終わったら外で食事をしたいのだが、予定は空いているか?」
「ええ、今日は大丈夫。後で部屋に行くべきかしら?」
「そうだな。後で予定を詰めよう」
ラナーは物分かりがいい。矢沢が何をしたいかをラナーは的確に理解し、2人きりになれる環境を作った。王族故か、それとも軍人故か、聡明であることはとても助かる。
矢沢はラナーに小さく頷くと、自室へと引っ込んでいった。
持ち物検査や思想検査等もされるかもしれない。いずれにせよ、危険が迫っていることは確かだった。
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