57話 敵か味方か

 街の郊外でフランドル騎士団構成員との情報交換を終えた矢沢は、港町を見下ろせる高台で景色を眺めながらため息をついていた。


 騎士団員の情報によれば、既にほとんどの邦人がアモイ王国のブローカーに売り払われていた。売買先のリストには、それ以外にもユトラストやレンといった初めて聞く名前の国も挙がっている。


 もはや世界的な問題と化してしまった拉致問題。どう落とし前をつけるか、矢沢にもわからなくなってしまっていた。

 今この時点で日本と行き来できるようになったとしても、政府は交渉を行うことを優先する。もちろんそれに異論はないが、それで邦人が帰ってくるかといえば答えは絶望的だ。


 ユーディスで解放された邦人男性の母親の顛末を考えると、奴隷の扱いは大航海時代の欧米レベルのひどさだ。

 使えなければ簡単に殺されてしまう。その程度に命が軽く見られてしまっているのだ。


「組織の上に立つ者としては、この決断は大きく間違っている。だが、人間として正しい。そう思いたいが……」


 この活動記録を司令部に提出すれば、それこそ自衛隊にはいられなくなる。外国であれば軍事法廷ものだろう。いたずらに自衛官の命を危険にさらし、日本を危機に陥れていることに他ならない。


 だが、それでも救わなければならない人々がいる。地球とは完全に隔絶された環境にある今、その責任を負えるのは、我々日本の自衛官だけなのだから。


 その時、HF通信機から声が聞こえてきた。波照間からの定時連絡だ。


『艦長、シュルツ氏との接触に成功しました』

「おお、それはよかった。我々も騎士団員から情報を貰ったところだ」

『わかりました。それでは、シュルツ氏のお屋敷で待っています』


 それを最後に、波照間は通信を切った。


 今のところ、偵察作戦は順調に進んでいる。アセシオン軍の艦隊を破壊したことも、この島にはまだ伝わっていないだろう。

 艦隊の敗残船が最寄りの港へ帰還し、情報を連絡船で運ぶにしろ、この島へは1週間以上の余裕があるとみられる。それまでに調査を負える必要がある。


「では、行くか」


 のんびりはしていられない。高台にある小屋で暇を持て余しているだろうロッタと大宮を迎えに行き、シュルツ氏の屋敷へ向かわなければ。


            *     *     *


「なるほど、奴隷市場の調査ですか……」


 シュルツは渋い顔をするなり、戸棚から街の地図を取り出してテーブルに広げた。波照間や佐藤、濱本はそちらに目を移す。

 波照間はAチームが到着する前に、少しでも情報を引き出そうと話を進めていた。うまく行けば、すぐにでも邦人奪還作戦を始められるかもしれない。


「ご存じの通り、この島は貿易が盛んな国際港となっています。鉱石や食料品などの輸入品も確かに多い。ただ、それ以上に利益を伸ばしているのが奴隷の売買です。種類ごとの取引価格では、奴隷の取引額が一番多いでしょう」

「やっぱりね。この奴隷市場について、何か知っていることは? 例えば、急に数千人単位の入荷があったとか」

「戦争があれば、そのような事例は多くなります。平時ではほとんどありませんが、つい1週間ほど前に2000人程度の奴隷が入荷されています。ほとんどは価格査定も行わずアモイが買い占めていきましたが……」

「やっぱりそうなのね。わかりました、詳細は後ほど資料にまとめてもらっても?」


 波照間は営業スマイルを浮かべて問いかけると、シュルツも笑みを返した。


「喜んで。ところで、つかぬ事をお聞きしますが、なぜあなた方のような軍人が市場調査など?」


 波照間は、やはり来たか、と心の中でため息をつく。


 なるべく商人の振りをしていたかったものの、自分たちを商人だと思わせるため突っ込んだ話をしてしまったことが裏目に出たようで、軍人だということがバレてしまった。

 そうなれば、このような場所で市場調査など何か裏があるとバカでも気づくに決まっている。


 それに加え、アメリアと面会を行うということは、いずれアクアマリン・プリンセスに招く必要があることを示している。

 今後の信頼関係醸成のためにも、ここは包み隠さず言っておいた方がいいのだろう。


「実は、私たちはアセシオン帝国によって連れ去られた人々を取り戻すために活動しています。市場調査もそのために」

「そうだろうと思っていました。あなた方のように奴隷化された人々の家族が探しに来ることも珍しくありません。この間はカルムス王国の元防衛騎士団の生き残りたちが捕虜にされた仲間たちを探していました」

「やっぱり、そういうのもあるのね……」


 初めて耳にした国の内情はわからないが、やはり地球と同じく戦争で捕虜が発生すれば、その捕虜は奴隷となる。奴隷の使い道は炭鉱労働や大規模農業などの重労働だろう。他国から人を拉致し、無理やり働かせて上だけが利益を独占すれば、上流階級はもっと生活がよくなる。そういう理屈らしい。


「とはいえ、それで我々が儲かっているのも事実。業者との小競り合いでしたらよくあることなので何の影響もありはしませんが、それ以上のことを起こせば相応の損害は覚悟するべきでしょうな」

「……わかりました」


 波照間は作り笑いを浮かべて流すが、明らかに釘を刺されている。

 とはいえ、このような反応は予想通り。この島で利益を上げている商売ともなれば、奴隷商人でさえない彼らにも何らかの恩恵はあるはずだ。それを潰そうとする輩には釘を刺しておく。それは当然のことなのだろう。

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