番外編 嫁探しブラザーズ・その8
「セリナ、入るぞ」
兄はドアをノックしつつ声をかけると、セリナの部屋に入っていく。
「ああ、自分かいな」
セリナは部屋の隅でうずくまっていた。かなり狭く、小さな2段ベッドだけで部屋のほとんどを占めているせいで、余計に彼女が暗く見えてしまう。
「さっきは大変だったな。オレはセリナの気持ちがわかるぞ」
「わかってたまるかいや。さっきはただ迷っただけやのに……」
「オレも同じことで怒られたことがある。親というのはそういうものらしいからな」
兄はセリナがいる2段ベッドの下段に腰かけ、セリナをじっと見つめた。それでも彼女は兄の方を向くことはなく、ただ膝を抱えて俯いていた。
「オレの村は規律が厳しくてな。あの森と似たような場所に住んでいたのだが、禁足地が多かったんだ。そこに何度か踏み込んでは叱られた。人やエルフの領地に侵入してもそうだ。人族と交わらなければ平穏に暮らせる。エルフと関わらなければ平和に生きられる。そうやって大人たちはオレと弟を締め付けた。確かにメスが不足していたのもそうだったが、オレたちは戒律を守らないせいでメスたちからも見放された。メスから見放されたオスは生きていけない。だからオレと弟は村を飛び出したんだ」
「大変やったんやなぁ……」
セリナはポツリと言うが、本当に大変だったかどうかを知る由はない。そういうお世辞でもセリナの優しさを感じ取った兄は、ふと笑みをこぼした。
「エイディーン大陸は厳しいところだと思っていたが、スタンディアの方がもっと厳しかった。確かにゴブリンは多いのだが、オレたちよりずっと粗暴な奴らばかりだ。メスもガッチリガードされている。お陰で嫁探しは捗っていない」
「……そんな話しに来たん? うちのことわかる言うといて、自分の話ばっかやん」
「待て待て。オレと弟は苦労を重ねてきた。セリナは艦長たちと轡を並べて戦いたいのだろう? それはオレたちと同じように茨の道を歩くことと同義だ。その覚悟を、お前はできているか?」
「覚悟やなんて……」
セリナは膝の間に顔を埋め、言葉を切ってしまう。
どこまでセリナが本気なのかは正確に推し量れないが、今の態度では何か迷っているようにも見えた。
そこで、兄はもう一押しする。
「その茨の道を踏み越えるなら、オレたちも手を貸そう。オレはお前のことが好きだ。だから、オレの番いになってくれ。そして、その険しい道を一緒に歩こう」
「……っ!?」
セリナは弾かれたように顔を上げると、目を見開いて兄を凝視していた。おまけに、頬は果実のように赤く染まっている。
「そな、アホ言いなや! 自分ゴブリンやん! うちは人間やで!?」
「ゴブリン族は、かつてはエルフら妖精族と同じ先祖から枝分かれしたという。ゴブリンと人族が契りを交わし子を成した伝説は何度かある」
「そないな問題やなくて!」
兄は誤解がないように説明を続けるが、セリナは違うと言いたげにぶんぶんと首を振り続け、困惑した顔を兄に向ける。
「そな、うちまだ子供やのに! 結婚やなんて……」
「君は何度か子供扱いするなと周りに言っていたそうじゃないか」
「うっ……せ、せやけど……」
セリナは困惑したまま再び俯いてしまう。これ以上語るべき言葉を持たないと見た兄は、再度攻勢をかけてみる。
「オレは決してセリナを子供扱いはしない。努力を重ねてきたであろうお前と一緒に頑張りたい。そう思ったから、オレはお前に求婚したんだ」
「けど、そな……」
「セリナ、オレはお前に惚れたんだ。とても可愛くて強い、そんなお前に。先ほども言ったように、種族の壁は関係ない。オレたちは愛し合える」
「愛っ……」
セリナはますます顔を赤らめ、しまいには耳まで染まってしまう。
「うち、まだ子供やのに……」
「オレたちもゴブリン基準ではまだ成人前だ。同じ子供同士、というわけだが」
「……すまんけど、ちょい考えさせてな」
セリナはそういうなり、部屋を飛び出していった。
気持ちは伝わったはずだ。後は返事を待つだけでいい。気持ちに整理をつければ、また戻ってくるはずだ。
*
「そな、結婚やなんて……」
瀬里奈は頬の紅潮が収まらず、熱くなった顔を冷やすために上甲板に出ていた。
ムキムキンは嫁が欲しいと出会った時から言っていたが、明らかにその時とは態度が違う。信じてもいいと瀬里奈は思っていたが、それでも結婚という言葉は瀬里奈には重すぎた。
「結婚ってことは、うちの人生が決まるんやし……簡単に決められるかいな」
はぁ、と瀬里奈は小さなため息をついた。
決してムキムキンやハムマンのことは嫌いではない。命を助けられた恩も確かにあるし、いい連中であることも理解していた。
ただ、それとこれとは話が違う。結婚という言葉は、やはり重すぎて、複雑な問題なのだ。
それに、相手はゴブリンであって、人間じゃない。自分たち人間から見れば、化物にしか見えないのだ。むしろ、そこが一番大きな問題とも言える。
男どころか、人間にも見えない化物からの求婚。怖くないわけがなかった。好意などあるわけがない。
ただ、相手は自分のことを認めてくれている。保護するべき子供ではなく、1人の人間、誰かのために戦う者、そして女性として。
この艦の人たちとは全く違う。自分を認めているのだ。その言葉は、瀬里奈の心を揺り動かすには十分な力があった。恋愛感情などとは違う、何か別のものが。
「どうしたらええんやろ、うち……」
瀬里奈は沈みゆく夕陽を夜の帳が降りるまで眺め続け、一日が過ぎていった。
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