番外編 嫁探しブラザーズ・その9

「聖域?」

「そうだ。アルルの大森林でも東側に住むゴブリンはマハラヤーナという神を信仰している。魔法の使用を含む文化的な生活を否定し、より原始的な生き方を是とする連中だ」


 矢沢はカレーを前にして腕を組み、ゴブリンの兄の話に耳を傾けていた。


 アセシオンとの戦いの間にも何度か矛を交えているゴブリンの情報を、当のゴブリンから詳しく得られるのは貴重な機会だった。


 オルエ村との関係を絶った後もあおばは数ヶ月をアルルの大森林の海岸で過ごしており、稀にゴブリンの筏に攻撃されることもあった。その度にファランクスやRWSで撃退していたが、そのような背景があったとは露ほども知らなかった。幾度となくゴブリンと戦ったアメリアですらゴブリンの『言葉』を聞いたことはなく、内部情報は皆無に等しかったからだ。


 だが、瀬里奈を助けたゴブリンの兄弟は極めて友好的だ。同じゴブリンでもここまで態度が違うということは、ゴブリンも人と同じく思考や文化の差異が激しいという証左でもある。


「なるほど、そういうことか。我々人類にもセンチネル族という原始的な生活を維持する部族が存在する。彼らは1つの小島で生活して非接触を続けられているが、大陸に生活するアセシオンのゴブリンは常に人間という外敵にさらされている、というわけか」

「そういうことだ。ここで行われているのは、同じ巨大な籠の中にいる異種の生物同士での縄張り争いだ。どちらかを籠から追い出すまでこの戦いは続く」

「……途方もない話だな」


 矢沢はふと天井を見上げながら呟いた。


 領土争いは人類始まって以来、一度たりとも存在していない時期はなかった問題だ。人類あるところ領土問題あり、と言ってもいい。もっと突っ込んだ言い方をしてしまえば、動物における縄張り争いの延長線上であり、生活を営む上では絶対に何があろうと外せない問題となっている。


 この人とゴブリンの争いは終わりが見えない。どちらも話し合う気が無いからだ。対話や譲歩がなければ、その戦争は自ずと絶滅戦争に至る。


 戦争がもたらす災禍は憎しみを呼び、それはとめどないループを起こし、結果的に根本である領有権争いの客体のどちらかが滅びなければ留まることはない。それを止めたいのならば、誰かが歯を食いしばって涙を呑み、この輪廻を止めるしかないのだから。


  *


「艦長、ゴブリンの筏と思われる構造物を発見! 1時方向に2艘を確認!」

「このところ多いな……」


 矢沢は艦橋で航海科の見張り員からの報告を耳にすると、愚痴交じりに呟いた。


 ちょうど矢沢らが首都でサリヴァンからの襲撃を受けた時点から、1ヶ月に1度程度だったゴブリン筏の攻撃が1週間間隔に縮まっている。


 原因は全く不明だが、人間側の動きに呼応している可能性もあり、今も連絡役となっているライザやフランドル騎士団の連絡員を通じて情報交換は行っているが、アセシオン、ダリア共に原因は全く不明だという。


 だが、いずれにせよ敵は眼前に迫っている。矢沢はヘッドセットでCICに攻撃指示を出した。


「総員戦闘配置。水上戦闘用意」

『総員戦闘配置! 水上戦闘用意!』

『ファランクス、対水上モードで待機中!』


 矢沢が指示を出すと、徳山とファランクスCIWSの管制員が攻撃準備を進める。


 筏は小さい上に平たいので、SPY-7レーダーでは捉えることが難しく、それを補完する対水上レーダーSPQ-9Bと対潜望鏡レーダーOPS-48にて監視を行う。それに加えてファランクス自体に備わるレーダーと赤外線センサーで確実に筏を捉える。


 しかし、見張り員は続いて報告を行う。


「敵筏に動きなし。漂流しているものと思われます。なお、乗員は確認できません」

「確認できない? 何故だ」

「不明です。流されたとも思えませんが……」


 筏には誰も乗っていない。その事実は矢沢の心中に疑念を湧きあがらせた。


 ただゴブリンが所有している艀が流されたとも思えない。ここ1ヶ月の間に嵐はなく、ヒューマンエラーの可能性も排除できないが、それでもこうして艀が流されてくることなど滅多にあることではない。


『艦長、ご指示を』

「うむ……」


 徳山からの指示の催促に、矢沢は返事の代わりに唸り声を立てた。


 奇襲という可能性も捨てきれない。安易に攻撃を行うわけにもいかず、だからと言って臨検も危険だ。


「攻撃用意。目標、漂流中の筏。半径2km圏内に侵入したところで撃沈せよ」

『了解。ファランクス、攻撃用意』


 徳山の復唱と共に、艦首に装備された20mmガトリング砲が筏に狙いを定める。上部にレーダーを装備したそれはミサイルの撃墜用に開発されているが、最新版ではCICからの制御で海賊船や自爆ボートなど小型船舶にも攻撃可能となっている。


 筏はそのまま漂流を続け、やがてあおばから半径2km圏内の攻撃ゾーンを掠めるようにして沖合へ流れていった。


 張り詰めていた艦橋の空気が穏やかになっていくのを矢沢は感じていた。隊員たちは戦闘を回避できたことに安堵し、一息つく者や姿勢を崩す者もいた。


 そこに、艦内から連絡が入る。相手は砲雷科の1士で、慌てているらしく早口でまくし立てる。


『こちら第1甲板居住区! ゴブリンの群れが侵入しています!』

「なんだと!?」


 矢沢は報告に度肝を抜かれていた。いつの間にかゴブリンに侵入されるなど、全くもって想像の範囲外だったからだ。


「何ということだ……総員戦闘配置! 白兵戦用意! 乗組員は武装し、侵入したゴブリンの撃退に当たれ!」

「「「了解!」」」


 艦橋の隊員は声が上ずっていたりするものの、矢沢の号令には従って返答をする。


 敵の狙いはあおばの占拠か。矢沢は艦橋の武器ボックスに保管されていた9mmけん銃を隊員から受け取ると、武器庫を確保するため大急ぎで下の階へと降りていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る