番外編 嫁探しブラザーズ・その7

「瀬里奈! 何度言えばわかるんだ!」

「あう……」


 兄弟と矢沢の会食の後、セリナは艦長からこっぴどく叱られていた。

 艦長は第一印象の穏やかな態度をかなぐり捨て、凄まじい剣幕で怒鳴りつける。同じ医務室にいた女性の兵士2人が声に驚き、ビクリと体を震わせていた。

 その場に居合わせた弟もさすがに恐怖の表情を顔に張り付かせ、兄は艦長をなだめようとしていた。


「そのくらいしてやってはどうか。彼女も反省していることだ」

「それはできない。瀬里奈は何度も危なっかしい言動をして、実際に味方を巻き込んで死の淵を彷徨ったこともある。ここで叱っておかねば、また同じことを繰り返す」


 艦長は兄の話には一切耳を傾けない。セリナは既に涙目で俯いている。


「どうなんだ、瀬里奈! 皇帝拉致の一件で反省していたと思っていたが、まだ足りないのか!」

「せやけど、アメリアもおらんし、だったら自分で訓練しよかなって……」

「それがダメだと言っているんだ! 今はロッタがダリアに邦人の保護区を建設する手配をしている、それまでは船で大人しくしていろ!」

「うう……」


 艦長の怒りは留まることを知らないらしく、目じりから涙を溢れさせる瀬里奈にひと際強い怒声を浴びせかけた。


「そもそも、君を回収できたのは偶然なんだ! すぐ近くに空自のF-35が墜落していたんだ、それを調査している最中に瀬里奈を、偶然! 発見したんだぞ。偶然だ。そうでなければ、森のどこかで死んでいたかもしれないんだ! 周りに迷惑をかけている自覚を持て!」

「せやけど……」

「だってもへったくれもない! 死んだら終わりなんだ!」


 艦長の叱咤にさらされ続けたセリナは声を上げて泣くようなことはなかったが、それでも涙は止まらない。

 結局、それからセリナは一言も発することもできず、声を押し殺して泣いていた。


  *


「ベアトラップ異常なし!」

「各部異常なし!」

『各部異常なし、了解』


 船の後部、兄弟たちが乗ってきたヘリコプターという乗り物が構造物の内部に格納されている横で、艦長と兄弟はその様子を眺めていた。


「この哨戒ヘリは我々の手足だ。人員の輸送や海中の警戒、偵察などを一手に引き受けている」

「マジでスゲエよな。魔力を使わずに飛ぶなんてヨ」


 弟は生来の好奇心の強さで乗り物に釘付けになっていた。魔法に関してもゴブリンでは知識が明るい方だが、まさか魔力を使わないことにも興味があるとは兄にも予想外だった。


「それは魔力ではなく、空気の力で浮き上がっている。上のローターで揚力、つまり空中に浮かぶ力を発生させているわけだ」

「ソレじゃあ、ドラゴンの空の飛び方とは全然違うんだナ!」

「ドラゴンの飛び方はわからないが、鳥とも違うな。参考にはしているが」


 艦長は得意げに話すが、兄はそんな説明をさほど耳には入れていなかった。それよりも、叱られていたセリナの方がずっと気になっている。

 居たたまれなくなった兄は、踵を返してセリナを探しに行こうとする。


「待ってくれ」


 すかさず艦長が兄の肩に手を置き、彼を止めた。


「瀬里奈のところに行くつもりだろう。それはやめておいてほしい」

「しかし、セリナは傷ついている。何とか励ましてやりたい」


 兄はセリナのことを心配していた。森ではあれほど元気だった少女が、艦長に叱られてからはその元気さも鳴りを潜めてしまっていた。きっと心に傷を負っていることだろう。


 しかし、艦長はかぶりを振るばかりだった。


「瀬里奈は努力家だ。そして献身的でもある。だが、彼女は自分の力量をわかっていないまま、自分のことをヒーローだと思っている。そんなことは全くないにも関わらず」

「だからと言って、そのまま放っておくのか?」

「瀬里奈には大人になるための時間が必要だ。なぜ叱られたのかを自分で理解し、自分の立場をわきまえることができてこそ、大人への階段を登れる。そういうものだ」


 艦長は兄を諭すように言う。もちろん兄には彼の言っている意味はわかったが、それでも傷ついた瀬里奈の顔を見るのは辛かった。


「オレにはセリナが孤独に見えた。何か、失ったものを取り返したいと思っているように」

「出会ってたった1日でそれがわかるのか」

「あの乗り物の中で、セリナの身の上話を聞いた。お前たちの力になりたい、悲しむ人を見たくないと何度も言っていた」

「そうだろうな。瀬里奈は優しい子だ。私も瀬里奈のことは好きだ。だからこそ、私が、自衛隊が、守る必要がある。我々の仕事は国民を守ることだ」

「守る必要、か……」


 兄は乗り物を格納した部屋のドアが上から閉まるのを眺めつつ、艦長の言葉を口の中で反芻した。


 これほどの技術力があるなら、確かにセリナを守れるかもしれない。


 だが、彼女の心は守れるのか?


 それができるのは、彼女を理解できる者だけじゃないのか。

 兄は頷くと、セリナの心を救うのだと心中で誓った。

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