205話 相反する力

「ロッタちゃん、お久しぶりです」

「お前……! いや、それよりロッタと呼ぶな!」


 ロッタがクラブの勝手口から出ると、アメリアとセリナが神妙な面持ちで待ち構えていた。ロッタは取り繕うように文句を言うが、アメリアもセリナも怯む様子は一切なかった。


 今日の行動は極秘だったはずだが、なぜ2人はロッタが出てくるのをわかっていたかのように待ち伏せできたのか。そもそも何をしに来たのか。


 聞きたいことは幾つかあったが、その答えの1つはアメリアの口から出てきた。


「簡潔に言います。私とセリナちゃんに、鎧の力をください」

「そういうことか……」


 ロッタはふふ、と口に含んだ笑みをこぼす。アメリアは神器の能力を複数人に受け継げることをリアから聞き及んでいる。ジエイタイに、いや、あの艦長の力になりたいと考えている2人なら、必ずそう言ってくると思っていた。


 そして、それを拒否する必要もない。ロッタも、アメリアには貸しがあると思っていたからだ。


 フランドル騎士団が艦長の意向を無視して皇帝を襲撃した際、両者が決裂しかけたところでヤニングスを倒して場を収拾してみせたのがアメリアだったのだ。


 艦長を脅して協力させ、ヤニングスを倒そうとしたところ、彼らは騎士団との決別をカードとして見せてきた。あの状況では、両者とも本来の力を発揮できずにヤニングスに倒されていただろう。その大役を引き受けたのは、アメリアとそのペットであるミナカワ・ギンだった。


 一方でセリナはアメリアから話を聞いたか、どこかで情報を知って彼女にしつこく食い下がり共に来たかのどちらかだ。もちろん感情を乱した状態で命の危機に瀕すれば幽閉症候群に陥る可能性はあるが、鎧の力自体にはリスクがない。あの艦長も、このじゃじゃ馬娘の安全を保証しつつ制御可能になれば文句は言わないだろう。


「どうせ断っても引き下がらないのだろう」

「ほな、ええんやな!?」

「好きにしろ。その代わり、お前たちは神の力を継ぐ者、巫女と同等の存在ということを自覚しろ。半端な覚悟でこの力を継いでもらわれては困るからな」

「もちろんです!」


 ロッタの話を聞くなり、アメリアとセリナは互いに手を合わせて喜んでいた。


 彼らの役に立てる。そう考えてのことなのだろうが、本来は国を守る巫女が継ぐべき力であることを失念してもらっては困るのだが。


 本来なら国の外に流したくない力だ。それを2人も提供するのだから、いの一番に土下座でも何でもして感謝の意を示してもらいたいものだが。


「では、お願いします! 神器の鎧はどこですか?」

「今は一時的だが城に所蔵されている。ついて来い」


 ロッタは2人にそう告げると、グリフォンを呼び出して首都の居城へと連れていった。


  *


「ここが玉座の間なんですね……!」

「すごー! ほんまにお姫様やねんな!」

「姫ではなく女王だ」


 ロッタが訂正するも、セリナは彼女の言葉など耳に入っておらず、金の装飾とステンドグラスで彩られた白磁の内壁を眺めているばかりだった。元フランドル騎士団の衛兵たちも口を出すことはなく、セリナとアメリアの反応を微笑ましく眺めている。


 上等なレッドカーペットの中央にロッタが立つと、傍に待機していた位の高い侍従が神器の鎧を持ち出し、アメリアとセリナの前に置く。


「これから1人ずつ儀式を行う。本当にいいな?」

「はい」

「当たり前や!」


 アメリアとセリナは二つ返事で返してくる。アメリアはとうに覚悟を決めるための決断を通ってきたし、セリナは性格からして迷うようなことはない。わざわざ城まで足を運んだのだ、今更迷うわけがなかったのだ。


 まずはアメリアを鎧の前に立たせ、儀式を執り行う。


「神の代理たるシャルロット・ジャンヌ・ド・ノルマンディーの名において、アメリア・フォレスタルを継承者として認め、神の力を分け与える。アメリアは人の守護者たる自覚を持ち、主に仕える者として彼らを祝福し続けることを誓え」

「はい、ここに誓います」


 アメリアは力強く頷く。すると、彼女の体からほんのり淡く、白い光が漏れ出てくる。

 鎧がアメリアを認め、力を分け与えたことを示す光だ。


「よし、アメリアは力を受けついだ。次はセリナだ」

「よっしゃ来たで!」


 セリナは苦労して手に入れたおもちゃを手にしたような無垢な笑顔を見せる。可愛らしい笑顔は自然と周囲の衛兵や侍従たちをも笑顔にさせた。

「続けるぞ。神の代理たるシャルロット・ジャンヌ・ド・ノルマンディーの名において、オオハシ・セリナを継承者として認め、神の力を分け与え──!?」


 玉座の間に、突如として激しい稲妻が走った。何かが破裂するような音と共に、膨大な魔力の衝撃波が玉座の間の調度品をズタボロに引き裂いた。


 何が起こったのかは、その場の全員が見ていた。ロッタが宣誓の言葉を読み上げる途中、鎧が刺々しい紫の光を放ち、それがセリナを撃ち抜いたのだ。


「ぐうっ……!」

「セリナ!」

「セリナちゃん!」


 ロッタとアメリアはすぐさまセリナへ駆け寄った。ぐったりしているセリナは、外傷こそ見当たらないものの、立てないほどに強いダメージを受けていた。侍従たちも医者を呼びにその場を離れ、近衛も敵の攻撃を警戒して戦闘態勢にある。


「何があったんでしょう……」


 アメリアは息切れしているセリナを抱きかかえながら、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。それに対し、ロッタは苦虫を噛み潰したような渋い顔を作った。


「もしや、セリナが滅魔の力を使えることに関係しているのかもしれん」

「滅魔……あっ」

「気づいたか」


 察しがいいアメリアに、ロッタは小さく頷いて肯定の意を示した。


「滅魔の力は元々ダイモンの能力、神殺しの力だ。鎧は文字通り女神の肉体の一部。滅魔の力を備えたセリナを拒絶したのかもしれん」

「そんな……セリナちゃんはこの世界の人でさえないのに……」

「元はと言えば、その異世界人がこの世界の魔法を扱えること自体おかしな話だ。いずれにせよ、セリナに継承は無理だな」


 ロッタは重々しくかぶりを振る。

 ただの推測なので真偽は不明だが、いずれにせよセリナは神器に拒絶された。この話はもう終わらせるしかなかった。

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