382話 虐待
「ああああああぁぁぁぁあああぁあぁ! あああああああっ! はぁ、はぁ……」
「二度と文字を覚えようとするなよ。今度やらかせば、顔を焼いてやるからな?」
かがみの叫び声が止むと、スナネコ男は上ずった声を吐きかけた。嗜虐心を満たし興奮しているのか、追い打ちに腹部へ蹴りを入れるのも忘れはしなかった。
「くそ、イカれてる……」
「ここは耐えないと。ここで感情的になっちゃダメだ」
「……っ、了」
環は今にも飛び出していきそうにそわそわしていたが、すかさず佐藤が諫める。2人の目の前では、荒い息をつきながら地面に倒れ込んだ、弱った少女の姿があるだけだった。
それと同じく、今度は奥から別の叫び声が廊下を突き抜け、2人の耳へ届く。この豚舎に何度か通ってきた佐藤には、それが順子の声だとすぐにわかった。
別の誰かが、順子にかがみと同じようなことをしているのだろう。明らかな奴隷の虐待、地球ならば直ちに処罰されて然るべきの、人道に対する罪だ。
「母さん! クソッ……」
「おっと、お前は待つんだな」
「この、クズ野郎が……!」
かがみは通路の奥に顔を向け、すぐさま立ち上がろうとするも、スナネコ男が彼女の背中を踏みつけ、その場に拘束する。さすがに少女の力では対抗できるはずもなく、母の叫びを聞きながら地面に伏せているしかなかった。
環はしきりに拳を藁の束に叩きつけたり、頭を掻きむしったりと衝動を抑えるので精いっぱいだが、それは佐藤も同じだった。
何の罪もない親子が、異世界で奴隷にされて苦しみを与えられる。見ていて痛々しいというだけではない。その場にいる者として、彼女たちを今すぐ助け出すことのできない無力感と、このような惨いことを平気で行うマオレンたちに途方もない恐怖感と怒りを駆り立てた。
しばらくすると、奥からサーバルのような頭を持つ大柄な男が出てくる。やはり焼きごてを手に持っており、熱を持っているのか焼き面が赤熱している。
「ちぇ。あのガキ、全く鳴かないでやんの」
「あの気味悪いガキか? ありゃ安値だったからな、そんなもんだろ」
「まぁー、その代わりデカい女の方で楽しませてもらったけどな。へへ、気分いいぜぇ」
サーバルは呆れながら文句を言っていたが、スナネコ男と一言会話を交わしただけで上機嫌になる。複数の人物に言及していたことから、もしかすると別に被害者がいるのかもしれない。
それからスナネコ男とサーバルは嗜虐的な会話を交わしつつ、豚舎を後にした。一方のかがみは息を整える暇もなく奥へと走り去った。
「行こう。治療しないと」
「当然ですよ」
サーバルとスナネコ男が去ったことを確認すると、佐藤と環も行動を開始。かがみの後を追って通路に入り、従業員用の居住区へと急いだ。
*
「そんな、ちくしょう……」
佐藤と環が最初に聞いたのは、かがみの悲痛な声だった。
座敷の中は煙と何かが焦げたような臭いで満たされており、順子の泣き声も聞こえてくる。座敷の中を覗くと、座敷の縁に手をつくかがみと、さめざめと泣く半裸に剥かれた順子の姿もあった。
いずれにせよ、ひどい暴行を受けたことは確かだ。佐藤は医療嚢を軒先に降ろし、傷の状態を見るため前へ回り込む。
「大丈夫かい? 今治療するから、やけどの跡を見せて」
「お前か……俺のことは、いい。それより、あっちの方が、ずっと重傷だ」
かがみは言葉を出すのも辛そうで、時折声を遮るようなしゃべり方になっていた。心なしか未だに息も荒く、部屋の奥へと指差していた。
佐藤と環は言われた通り中を覗いた。すると、壁際のタンスにショートボブの小柄な少女がもたれかかっていて、左目を押さえながら小さく震えていた。指の隙間や下からは少なくない量の血液が溢れ出していて、目やその周りに大きな傷を負っていることを伺わせる。
少女はかわいらしいうりざね顔をしているが、今は何の表情も浮かべておらず、残った右目もただ虚空を見つめるかのように光が失せていた。
順子やかがみと同じく、この養豚場で労働を強いられている、早川絵里だった。かがみの義理の妹で、もともと孤児だったと聞き及んでいる。いつも仏頂面を浮かべてほとんど何も喋らないが、今は喋ることさえできない、といった風体だった。
「うそだろ……」
状況を判断するより先に、佐藤の体が動いていた。絵里のそばで腰を下ろした佐藤は、そっと彼女の手を除けて傷の状態を見た。
そこで、佐藤は声を詰まらせた。絵里の左目は徹底的に抉られ、潰れた眼球がほぼ全部外に飛び出していたのだ。
佐藤はここまでやるのかと激しい憎悪を駆り立てられると同時に、まだ中学生程度の少女がこれから片目で生きていかねばならない辛い現実を思い、胸が苦しくなった。
だが、ここで何もしないわけにもいかない。佐藤は口を押さえて目を見開いた環にすかさず指示を出す。
「環、かがみちゃんと早川さんの火傷治療を早く! 清潔な水で患部を洗い続けるんだ!」
「は、はい!」
「清潔な水? そんなものはない。あっても、せいぜい雑菌だらけの汚い泥水だ」
「それじゃ、僕と環の飲料水でいいから!」
佐藤は持参していた水を環に渡すと、絵里の目に消毒したガーゼをあてがう。今必要なのは、なるべく細菌などの繁殖を抑えて感染症を防ぐことだ。もはや視力は永遠に戻ることはないが、合併症だけは避けなければならない。
これだけ過酷な虐待を行うなど、常軌を逸している。この場の惨状をどうにか収拾しようとする佐藤だが、胸中にはやり切れない負の感情たちが渦巻いていた。
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