266話 進みゆく作戦準備

 波照間がディオクロスに依頼を出して8日後、艦隊では外見だけは改造前の姿をそのまま残す偵察艦リウカが分離し、偽造された入港証を持ってアモイ南部の港湾都市ノストリアへと入港した。


 アネルネの周辺には狙いの魔物が多く出現していたらしく、軍による捕獲作戦はかなり順調に進んだようだ。その際にかかった日数は4日。単純に捕獲が排除より手間取ると考えても、首都の部隊が魔物を排除するまでには2日程度かかると見積もられた。


 実際に基地へ突入してから撤収完了までは、最悪を考えても4時間程度で済むだろう。それを考えても、十分に余裕のあるスケジュールだと考えられた。


 港湾労働者によってリウカに搭載されつつある荷物を後目に、波照間は依頼の仲介を担当したディオクロスと会っていた。報酬ついでにお礼を言うのもあるが、これから暫くは会えなくなる故に今後の予定などの報告も行うためだ。


「にしても、本当にすぐ捕まえてくれるなんて、さすが軍隊ってところね」

「商人たちの手には余ると言っても、相手はそこそこ程度の魔物だからね。あっちの部隊はノーリ方面の防衛部隊と入れ替わるし、経験は豊富だからやられることはないよ」

「そういうものなのね」


 波照間はちらりと魔物の方を見やる。今は大人しいが、目覚めた時にはどうなるかわかったものではない。あれを被害なしで捕まえてくるなど、練度が高いことの証明以外の何物でもないのだ。


「連中は強い。絶対に油断しないようにね」

「わかってるわよ。そっちも捕まらないようにしなさいよ、渡したお金だって慎重に使って、羽振りがいいような素振りは見せちゃダメだからね」

「それこそ余計なお世話さ。どこからどう見ても、その辺にいる貧乏な土方だろ?」

「それを維持しなさいって言ってるの」


 はぁ、と波照間は深いため息をつく。本当にわかっているのか不安だったからだが、心のどこかでは彼は大丈夫と思っている節もある。


 彼は誠実で正義感が強い。それでいて、貧乏で苦しい思いをさせている母親や妻子を心の底から気遣う優しさもある。決して自分や誰かを犠牲にするようなことはないと思えるような人物だ。


 とはいえ、完全に信用しすぎるのもいけないことだとわかっている。いざとなれば、彼の家族を人質に取るくらいはする。そうならないことは見えているものの、それでも保険は必要なのだ。


「それじゃ、元気でね。今回はありがと」

「うん。成功を祈ってるよ」


 波照間は魔物の檻を積み終えたことを確認すると、話を切り上げて船へと戻っていく。


 彼の協力がなければ、人族が魔物を買いたがっているとして警戒されただろう。それを回避できたのは、ひとえにディオクロスのおかげだ。


 波照間たちは彼に感謝しつつ、船で港を後にした。


  *


「さて、こんな感じかしらね」


 ふぅ、と銀は一息つきながら、あおばの自販機で売っていたコーラを一気に飲み干した。


 銀がいるのは、基地から見て南に位置する崖の上だった。ここからならば、狙撃手が留置場へ狙撃を行える。


 前回の基地同様、狙撃ポイントは岩肌をくり抜いて穴を開けることで作り出す。合計で5名の人員が中に入り、突入部隊を掩護する狙撃を行う手筈となっている。


 とはいえ、まだまだ初心者の域を出ない海自の隊員たちにとって、1kmを超える長距離射撃は難易度がかなり高い。それでも配置するのは、実戦経験の積み重ねによる練度の向上という側面もあるが、一番は「ないよりマシ」という身も蓋もない理由でしかなかった。


 それであっても、求められていることをこなすのは当然のことだ。初心者狙撃手たちのために穴を掘り、位置がバレないように天幕を張るのが銀の仕事だ。


「そろそろ休憩にしましょ」

「おっしゃー! ほんま死ぬわこんなん」


 またしても銀についてきた瀬里奈はクーラーボックスからラムネを取り出すと、それに腰かけて蓋のビー玉を中へ押し込んだ。しゅわっ、と爽快感溢れる音と共に、中のラムネが泡となって噴き出してくる。


「あぁぁぁ、冷たぁ~」

「ふふ、ご満悦ね」

「そらそうやろ! またこんなあっついとこで穴掘りやなんて、もうカンベンならんわ」


 瀬里奈はラムネを飲み、口を離すとだらだらと文句を垂れる。今度こそ戦いに行くのかと思っていたようだが、今度もまた穴掘りだ。


「ま、当然よね。戦いの基本は穴掘りなのよ」

「なんで戦うのに穴掘らなアカンねん……」

「前も言ったでしょ。穴を掘れば、それだけ助かる人が増えるからよ。戦いは誰かを倒すためだけにあるものじゃないのよ」

「そら、わかってるけど……」

「わかってるなら、ちゃんと穴掘りを手伝うことね」

「はぁ、そな殺生な……」


 瀬里奈は不貞腐れていたが、銀から見れば前回ほど嫌な顔はしていなかった。やっと戦いの何たるかが少しばかり見えてきたか、と思ってはいるが、それでも文句を垂れる辺りはまだまだだ。次の作戦にも参加はさせられないだろう。


 いずれにせよ、瀬里奈の存在は今後必要になる。瀬里奈の力は魔法の力でありながら、魔法防壁をほとんど無力化する強力な力だ。これを活用しないことには、アメリアや自衛隊も生き残れはしないだろう。


 ラフィーネにおけるダイモンとの戦いは、銀に強い影響を残した。ジンであるリアでさえ取り逃がした敵が、アメリアや自衛隊らの手に負えるわけがない。


 とすれば、あてにできるのは瀬里奈の力だけだ。銀はそれを考えつつ、ラムネを飲んで笑顔を見せた瀬里奈を見つめていた。

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