267話 何のために、誰がために

『こちらヴァイパー3、敵の哨戒艇を追尾中、排除します』

「はいっ、お願いします。機関砲の使用を許可。なお、対空火器の脅威度によっては、機長判断によりミサイルを使用してください」


 AH-1Zパイロットの三沢からの通信に、佳代子は強く頷いて適宜指示を出す。


 敵とて座して待っているわけではない。当然ながら、哨戒艦を出してあおば側の動きを制限しに来る。


 まだ位置を悟られてはいけない。艦隊とあおばにできるのは、哨戒艦を排除して位置の露呈を遅らせることだった。


 AH-1Zは機体を横に滑らせ、発射される光弾や火球を回避しつつ機関砲で応戦。20mm機銃弾は3人乗りの小型木製ボートを一瞬にして前後に分断し、速やかに撃沈せしめた。目標は魔力推進で30ノット以上を発揮して回避運動を取っていたが、波がある海上を高速で動くボートは大きく揺れる故に魔法攻撃の精度が低くなり、逆にAH-1Zが誇るFCS火器管制装置TSS目標照準装置の能力の高さを証明することとなった。


 その後、あおばが漂流中の生存者を救助、捕虜として確保する。もちろん居房には限りがあるものの、安易に陸へ送り返すことはできない。


 捕虜の収容後、佳代子は改めて発進準備中のSH-60Kに発艦指示を出す。


「エグゼクター1、発進してください。さっきの通り、魔物を予定ポイントで投下してくださいね」

『了解。現場地域へ向かう』


 パイロットである萩本が返答をよこすと、佳代子は航空管制を管制室に移譲、そのままレーダー画面上でヘリが出発するのを見届ける。


 作戦準備は順調に進んでいる。後はそこを通った商人たちが魔物に襲撃され、軍に討伐依頼を出せば仕込みは終わる。そうやって初めて、矢沢を救出する作戦を開始できるのだ。


 敵基地襲撃は容易なことではない。ただ遠くから火力投射すればいいという話ではなく、基地のどの辺りが重要な建物で、どのような役割を担い、それをどうしたいのかを綿密に調査し、どのように打撃を加えるかを検討する。そのためには偵察を重ね、綿密に相手の防御を「突き崩す」術を探っていく。


 俗に言う『戦闘』とは敵を打ち倒すことではなく、目的を達成する最中に発生する武力衝突でしかない。それを正しく認識し、できる限り最小限の戦力と被害で済ませつつ目的を達成する。それこそが真の『作戦』というものだ。


 この世界でも軍事組織は作戦を立てて行動に移すが、地球側の能力はそれを凌駕することを示すことになるだろう。高い作戦遂行能力を誇示すれば、相手が交渉の席に着く可能性も上がる。こういう高いレベルにある部隊と戦い、無秩序にリソースを喪うというリスクは大きい。一方で、話し合いになれば失うものはある程度選べる。それが理解できるほどの知能があれば、話し合いというのは成り立つものだ。


 戦術から国家戦略まで。1つの行動が大局に作用するのは当たり前の話で、この作戦は特に影響力が強い部類に入る。この作戦を成功させれば、必ずアモイは無視できない存在だと気づくだろう。そうしたら、拉致被害者も取り返しやすくなるに違いない。


 佳代子はそうやって部隊指揮官としての思考をするが、それよりも大切なことが頭に浮かんでいた。


 東日本大震災の現場で出会った、矢沢圭一と名乗った海上自衛官。彼は津波で妻を亡くし、彼女の遺体を荼毘に付した時も、被災地の避難所で自衛官として人々へ支援を行っていた。


 当然ながら、彼も辛かったに違いない。それでも努力を積み重ねた理由は聞いていないが、それでも誰かへの奉仕を忘れない彼の姿は、佳代子の心を確かに打ったのだ。


 こういう自衛官になりたい。そう思いながら、佳代子はヘリパイを辞めて艦艇勤務を所望した。自分が辛くとも、誰かのために頑張れるような強い人になりたいと願うようになったのは、彼の影響でもある。その彼を助けることは、佳代子にとってとても大きな望みなのだ。


「はぁ……」


 思わず漏れるため息。本来ならばもっと早く助けに行きたいところだが、その考えに囚われてしまえば事を仕損じるとわかっている。


 尊敬する人を助けに行きたいが、まずは積み重ねないといけない。そのもどかしさが心を逸らせる。


「副長、気を張りすぎじゃないです? ほら、肩の力を抜いて」

「あ……あはは、ごめんなさい」


 ふと意識を現実に引き戻される。声の主は菅野だった。


 すると、徳山も佳代子に諭すかのような優しい声をかける。


「松戸、無理はするな。それでなくとも、お前は色々と危なっかしいんだ」

「もう、徳ちゃんに言われたくないですよう」


 佳代子は笑って誤魔化すが、それでも他人には自分がどこかおかしく見えていたことには違いない。


 これでは指揮官失格だと佳代子は襟を正し、改めてレーダー画面に目を合わせる。


 だが、目の前がぼうっと霞み、やがて頭もろくに物を考えられなくなってくる。


「あう……」


 佳代子は体をふらりと大きく揺らすと、CICの床に身を伏せてしまった。


  *


「……うっ、ここは……?」

「医務室ですよ。副長、過労で倒れたんですよ。無理はしないでくださいね」


 佳代子が体を起こすと、そこは医務室のベッドの上だった。珍しく大松が白衣をまとって医務室にいて、病人の治療をしていたのだ。


「あれ? 大松さん、最近は補給関係で忙しいって……」

「これも分業ですよ。人手は足りてませんが、それでも休憩しながら回してます」


 ふふ、と大松は笑みをよこした。彼女の精悍な顔立ちは、どこかしら信頼できるような強さを感じさせる。


「ごめんなさい、わたしったら倒れちゃって……」

「謝るなら、迷惑をかけた皆さんにお願いします。それと艦長にも言いましたけど、お体は大事に」

「は、はいっ」


 佳代子は焦り気味に返答したが、それでも失敗が隠せるわけではない。仕事中に倒れたことを恥じつつ、今も仕事を回してくれているであろう同僚たちに感謝した。

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