番外編 ダイヤとロード その2

「くあっど、ですか……」

「そうだ。その4ヶ国が中国という国家への抑止力となっている。なるべく多くの仲間を抱き込み、経済と安全保障の連携を強化することで全面衝突を避けるのが現代国家のやり方だ」

「兵器が極端に発達すると、自然と戦争を避けるようになるんですね……」


 アメリアは神妙な顔をして頷いていた。地球のことはまだよくわかっていないだろうが、この世界との違いを見出して自分なりに理解しようとしているのだろう。


「地球は世界規模の大戦争を2度も経験し、それぞれ数千万の死者を出した。今や核兵器を持つ大国はボタン1つで敵国民を数千万単位で消し去れる。通常戦力だけでもかなりの軍事力を削れるだろう。そのような事態に陥れば、戦後レジームは全く違う勢力が台頭して自分たちは滅ぶかもしれない。だからこそ大国は自由に動けない一方で、ある意味では自由気ままに動ける。ロシアのクリミア半島占領は、強大な軍事力を背景にして成功した。地域紛争レベルでは、戦争が活発になったとさえ言える」


 矢沢は呆れるように言う。強大な軍事力と経済力を背景にすれば、国際社会の反発を抑えられてしまう。自国が滅ぼされるリスクと領土が一部切り取られてしまう事実を天秤にかけた時、どちらかを選ぶしかないのだ。


「領土は今までの歴史通り、取ったもの勝ちが横行している。湾岸戦争ではイラクが後ろ盾を得られなかったせいで戦争を呼び敗北してしまったが、もし何らかの利害関係があってソ連がイラクを支援していれば、結果は違うものになっていただろう」

「ヤザワさんの世界って、色々な食べ物や娯楽があって、すごく発展しているんだと思ってました。でも、戦争はこの世界と変わらない……いえ、むしろ悪くなっているんだと思いました」

「弱者が犠牲になるのはどこでも変わりない。持てる者が持たざる者を踏み台にする。貧困国や低所得者など弱者を救済する向きはあるが、究極的には強者の都合とも言い換えられる。日本の税制は弱者に失うことを強制する」


 アメリアはどこか遠い目をしていた。まだ見ぬ世界への憧れが潰え、幻滅してしまったのだろうか。

 矢沢は現実を教えたつもりだったが、それはいらぬ話だったか。そう思ってフォローしようとする。


「だが、決して悪いことばかりではない。動機はどうあれ、弱者を救済する仕組みは幾つも整備されているし、それで命を繋いでいる者もいる」

「それでも、やっぱり戦争で大勢の人が亡くなるのは辛いです……」

「そうだな。我々自衛隊は戦争を起こさないように訓練を積み、防衛力があることを他国にアピールしなければならない。波照間2尉のように戦争でなくとも積極的に実戦を経験する部隊もあるが、基本的には戦争を起こさないように、そして戦争になった際には断固として日本を守るのが我々の仕事だ」


 アメリアは悲しげに俯いたが、矢沢は決してそれが全てではないと語った。そして、戦争に対しては譲れない姿勢を見せる。

 歳を重ねて考え方は変わったが、やはり自衛隊、ひいては軍隊は、外敵から国家を守るための存在であるべきだという姿勢は変わらない。

 すると、先ほどまで悲しげだったアメリアが小さく微笑んだ。


「あはは、やっぱりヤザワさんっていい人です。軍隊とかそういう人たちってみんな横暴だと思っていましたけど、ヤザワさんたちに出会ってそれは違うってわかりました。本当に素敵です」

「民主主義国家の軍隊はそういうものだ」

「それでも、そこまで他人のために命を投げうって仕事をできる人って、そうはいないと思います。村長さんは自分が村のリーダーだからって守護者の仕事をしようとはしませんでした」


 矢沢は流そうとするが、アメリアはそれでも矢沢を称賛した。人のために戦える矢沢の事を、アメリアはどこまでも好意的に見ていたからだ。

 矢沢は一息つくと、アメリアの目をじっと見つめる。照れ臭くなってきたので、話題を変えようと努める。


「守護者で思い出したが、君はこれからどうするつもりなんだ? 村を離れた今、君に身寄りはないだろう」

「それは後々決めようと思ってます。心配しなくていいですよ」

「そうか」


 軽く流されてしまった。やはり女性の扱い方はよくわからない。


「いいお話を聞かせてもらいました。暇もつぶれたので、セリナちゃんのところに行ってきます」

「あ、ああ」


 艦長室を後にするアメリアを、矢沢は眺めているしかなかった。

 どちらの世界にも、大きな戦争の火種は幾つも転がっている。そんな中でも、そこに暮らす人々は逞しく日々を生き抜いている。

 アメリアもそのうちの1人だ。矢沢は改めて自衛隊に所属していることを誇らしく思っていた。

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