167話 重要参考人

 護衛艦あおばの居房には、合計で3名の捕虜が捕らえられている。

 1人はアセシオン帝国皇帝ジョルジュ2世、1人は近衛騎士団陸軍部団長ヴァン・ヤニングス、そして、ヤニングス子飼いの赤いドラゴンを倒したら変化したという赤髪の少女だった。


 矢沢は捕虜に関する説明と赤髪の少女の正体特定を行うため、フロランスとアメリア、そして銀を連れて居房へとやって来た。

 3ヶ月半前にパベリックらに説明をした時と同じ、大型の部屋で3人は待機していた。もちろん魔法阻害の魔法陣を貼った上で。


「皆さんお揃いのようですね」


 矢沢はまず檻の外から3人の姿を確認する。瞑想するかのように姿勢を正し目を閉じているヤニングス、何の感情も宿していないかのような虚ろな顔を見せる赤髪の少女、そしてありったけの憎悪を込めた目を矢沢に向ける皇帝の姿があった。どうやら脱走はしていないようだ。

 皇帝は矢沢の言葉に反感を覚えたらしく、舌打ちをして睨みつけてくる。


「朕をこのような豚小屋に放り込むなど、無礼を通り越して罰当たりであるぞ。後の審判を覚悟せい」

「我々の世界には、ジュネーブ条約とハーグ陸戦条約という捕虜に関する国際条約が存在します。それに則り、あなた方の身分はアセシオン帝国の軍人、及び政府関係者として丁重に扱われます。詳しくは後に書面で知らせますが、決して奴隷的な扱いはせず、虐待などの非人道的行為はしないと確約いたします」

「話を聞いておるのか!」


 皇帝の挑発を無視し説明を始める矢沢に対し、皇帝は鉄格子を叩いて怒鳴りつけた。

 だが、矢沢はそれすら無視して話を進める。


「なお、拉致被害者に関しては引き続き政府に引き渡しを求めます。現在の我々は日本政府との連絡手段を一切絶たれており、自力で行動するしかないのが実情です。そこで、私が交渉権を持つことになります。交渉に失敗すれば軍事行動にて拉致被害者を奪還する用意ができているので、その旨は心に留めておいてください」

「話を聞け、下賤な異界人めが! 朕は皇帝であるぞ!」


 しつこく喚き散らす皇帝に対し、矢沢は徹底して無視を貫く方針だったが、後ろにいるアメリアは我慢できなかったようだ。額に青筋を立て、皇帝に突っかかる。


「ヤザワさんが下賤な異界人なら、あなたは生きている価値もない汚物じゃないですか! どれだけ多くの人たちを不幸にしてきたか、わかってるんですか!?」

「アメリア、やめなさい。バカが感染うつるわよ」


 怒りを抑えられないアメリアを銀が制止する。やはり銀はアメリアのストッパーになってくれる頼もしい存在と感じる一方、アメリアの憎悪はそう簡単に拭えるものではないなと、やや諦め気味に思っていた。


「言わせておけば……豚の番いめ、貴様こそ豚小屋に帰るべきだろう!」

「豚……旦那様……」

「そこ、興奮しないの」

「あらあら、わたしの奇跡でも支配が抜けていないのかしら?」


 豚相手に発情するのは今更どうしようもあるまい。

 一方、ヤニングスもこの中では比較的冷静だった。皇帝の肩を抑え、静かに諭す。


「陛下、今は忍耐の時です。どうか冷静に対応を」

「こうなったのはお前のせいだぞ! 何が完璧な護衛だ、豚の番いごときにやられおって!」

「……一切の申し開きもございません。末代までの恥にございます」


 皇帝を諌めるはずが、逆に丸め込まれてしまっている。これではダメか。

 だが、皇帝がヤニングスの責任問題について言及してくれたのは好都合だ。ここで皇帝の思考を誘導してしまえば、怒りの矛先が現在の指導者に向くだろう。実際そのきらいがあるのだから。


「我々としては、最高指導者たるあなたとの交渉を行う必要があることから、帝都へ戻っていただくためにヤニングスと交渉をした次第です。フランドル騎士団の乱入というハプニングでこの結果になってしまいましたが、そもそもあなたを首都から追い落としたのは、亡命を提案したサリヴァン伯ではありませんか?」

「む……確かにそうだが……」

「ヤニングスからも、あなたは亡命に難色を示していたと聞きます。この帝国においても皇帝は世襲制が常のはず。合法的に権力を簒奪するのであれば、この時をおいて他にないかと」

「……ッ!」


 さすがの皇帝も口を噤んだ。思い当たる節があるのか、それ以上は言い返せないことは確かだ。

 いずれにせよ、まだ敵は存在するようだ。矢沢は表にこそ出さないものの、その敵性存在のことを憂いていた。

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