337話 奉仕の心
『艦長さん、レガロモカーヌムの経営陣を制圧しました。後は自由に動かせます』
「ありがとう。後は奴隷解放に動くよう中流層に働きかけてくれ」
『はい、了解です』
波照間との通信を終えた矢沢は、通信機をサイドテーブルに置いてベッドに横たわった。ラナーが来るまでの間、しばらく仮眠しようと考えた故だ。
このままラナーの奴隷解放思想が広まってくれれば、邦人の解放も現実味が増してくる。例えジャマルが同意したとしても、雇い主が拉致被害者を返さないと言ってしまえば、対抗手段は強硬なものとなってしまう。
それをさせずに穏便に済ませるとすれば、奴隷を使う者たちの思想を変えてしまうことが1つの手段だ。これはラナーの願いにも合致する。
素地は整いつつある一方、肝心の交渉はまだ済んでいない。こちらもどうにかする必要があった。
政府が金銭を欲しているのであれば、その貨幣は市場から回収せねばならない。しかし、そのような手段は取れないだろう。
物を販売し、通貨を受け取る。それが市場経済の基本だ。その通貨となる貨幣は、基本的には勝手に製造できない。
だが、手はまだある。アメリアが持つ鎧の能力を使った、貨幣の偽造だ。
とはいえ、これは相手方の通貨を混乱させ、市場にダメージを与えることにはなる手段となる。ダリアや味方にするべき他国を怒らせないためにも、国際市場で使われる貨幣の偽造はまずい。そこで、アモイ国内で流通する貨幣を偽造することになる。
その選択をするには、ラナーの同意を取るのが筋だろう。国を守りたいと考えるラナーに断りもなく市場経済を混乱させる方法を取れば、彼女からの信用を失うことになりかねない。
そこで、矢沢はラナーを呼び出すことにした、というわけだ。
矢沢が仮眠をとること数分、ドアのノックに目を覚ます。
「誰だ?」
「あたしよ。ラナーだけど。入っていい?」
「ああ、構わない」
矢沢は起き上がりながらラナーを部屋に招く。
ラナーは珍しく戦闘用の衣裳に身を包んでいた。頬も上気しているのか赤くなっている。
「ふぅ、あっつい」
「水でも飲むか?」
「ううん、大丈夫だから」
ラナーはそう言うなり、断りもなく近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。変に遠慮しないのはラナーのいいところだ。
「それで、話って?」
「ああ。私たちの仲間をアモイから救うためには、もしかすると卑怯な手段を取らざるを得ないかもしれないのでな。それを君に相談しに来た」
「ふうん。卑怯な手段って?」
「ルオーネ金貨を偽造しようと思っている。知っての通り、ルオーネはアモイの通貨だ。それを600人分用意するとなると、少なからず経済に悪影響を与えるだろう」
「金貨を偽造って……」
さすがのラナーも危機感を持っているのか、目を伏せて口をつぐんでしまう。
もちろん、矢沢にも罪悪感はある。流通する通貨の量がコントロールを外れて増えてしまえば、その通貨の価値は目減りすることになる。つまり、貧困層は更に貧困へと追い込まれることになってしまう。
それは、紛れもなくラナーの願いとは真逆の行為だ。それを認めてくれるかどうか。それを矢沢は聞きたかった。
すると、ラナーは軽く頷いた。
「うん、わかった。それで困ってる人たちが助かるんだったら、あたしはそれでいい。それで他の貧乏なエルフたちが困ったことになったら、あたしが炊き出しでも何でもやって救うから」
「……認めてくれるか」
「うん。それでいい」
矢沢から確認を求められたラナーは、もう1度大きく頷いて応えた。じっと矢沢の目をまっすぐに見つめ、彼女の覚悟を言葉にせず語る。
ならば、矢沢に迷うことはなかった。ラナーに軽く頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
「ありがとう」
「いいの。元はと言えば、あたしたちが歪んだ国を放っておいただけだから。いずれにしても、この国は変わらなきゃいけなかったの」
「そうだな……」
矢沢は前向きに答えるラナーに微笑みかけた。
彼女の良さは優しいことだけではない。躊躇わないことだ。国民に我慢を強いることを言うだけでなく、その救済のために労力をかけることも厭わない。
ラナーのように、本当に国を憂い、国民に奉仕する心を持つ者が大勢いれば、世界のありようも全く違ったものになるのだろうと、矢沢はしみじみと考えていた。
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