355話 未確認飛行少女

「F-35、クロンヌへの着艦準備を開始します」

「はいっ、そのまま監視を継続してくださいね」


 船務科の電測員が状況を報告すると、佳代子は笑顔で応えた。


 護衛艦『あおば』は、着艦試験を行うF-35の訓練支援及び護衛という名目で『クロンヌ』と並走していた。


 もちろん『クロンヌ』にレーダーなど装備されていない故に、必然的に航空管制はパイロットの自己申告や見張り員の報告、もしくは『あおば』のデータリンクを必要とする。だからこそ『あおば』が同行しているのだ。


 とはいえ、この世界は鳥やグリフォン、ドラゴンといった飛行型生物は多いものの、鳥は普段通り衝突に気を付けていれば事足り、グリフォンやドラゴンに至っては無視できるほど少なく、軒並み飛行高度も低い。それに加え、民間機や他の軍用機といった人間の飛行機が存在しない。航空管制の必要性などほぼ皆無に等しく、念のために、という一面が強い。F-35を駆る東川にとっては、まさに「自由な大空」と呼ぶにふさわしい。


 その大前提もあってか、CICは地球にいた時のような比較的落ち着いた雰囲気に包まれていた。艦長の矢沢は艦橋で操艦指揮を執り、飛行科の長である佳代子もCICで訓練の総括を任されているが、ほぼ口は出さず見守るだけとなっている。


『クロンヌ』はこの世界でこそ50m級の主力艦として君臨する大型艦だが、航空機の発着を行う現代艦としては極めて小さい。甲板の幅もF-35の全幅よりやや広い程度であり、完全手動での着艦を求められるなど、少々困難を伴うという問題はあるものの、それを除けば普通に行われる訓練の一環でしかない。


 しかし、電測員が突如として警告を発した。


「副長、方位330より謎の飛行物体を検知! 速度は時速5000キロ! こちらにまっすぐ近づく!」

「ふぇ!? 超音速ミサイルじゃないですか! 艦長に報告! 総員戦闘配置! 対空見張りを厳となせ!」

「総員戦闘配置、対空見張りを厳となせ。繰り返す、総員戦闘配置、対空見張りを厳となせ」


 艦橋に詰める矢沢の代わりに佳代子が戦闘配置を下命すると、警報が響く艦内は乗員たちの移動と配置でごった返すことになった。


 時速5000kmといえば、海面高度ではマッハ4以上にもなる。それほどの速度で低空を飛行する物体など、超音速対艦ミサイル、もしくはジンに限られる。


 とはいえ、この世界は何があるかわからない。未知の敵対的な勢力が超音速で飛翔する何かを『あおば』に投射しないとも限らない。


 せめてミサイルではないことを確かめるための策は取らねばならない。佳代子は電測員の1人に確認を取る。


「ESM、何か反応はありますか!?」

「ESM反応なし! ミサイルの可能性は極めて低い!」

「やっぱりそうですか。対空戦闘用意!」

「対空戦闘用意。これは演習ではない。繰り返す、対空戦闘用意。これは演習ではない」


 対空戦闘用意の命令と共に、武器システムやSPY-7多機能レーダーが本格的に稼働する。既にレーダーは目標の追尾を開始しており、ミサイルにはレーダーから報告される目標情報が入力されている。


 戦闘準備はできている。艦内は張り詰めた糸のように強い緊張感に包まれ、これから起こるであろう戦闘に備えている。


 しかし、艦橋からの報告で、その空気は一瞬にして吹き飛ぶことになった。


『艦橋よりCIC、近づく目標を視認。魔法少女姿の瀬里奈ちゃんです』

「あれぇ……? あはは、やったですね! 戦いなんてなかったんですっ! 対空戦闘用具収め!」

「……対空戦闘用具収め」


 艦橋からの報告を聞いたところで、佳代子はへらへらと笑いながら戦闘終了を宣言。徳山を始め、数名のCIC要員は大きなため息をついていた。


 その直後だった。神妙な表情の矢沢がCICに現れたのは。


  *


 未確認機騒動の後、大橋瀬里奈は『あおば』の艦長室に呼び出されていた。


 理由は言うまでもなく『あおば』を混乱させたことにある。そんなことなど微塵も思っていないらしい瀬里奈は、純真な笑顔を浮かべながら、ノックもせず艦長室へと入室した。


「おっちゃーん、来たでー」

「来たか。とにかく座ってくれ」

「おっけー」


 矢沢が着席を促すと、瀬里奈は笑顔のままソファに深く座り込んだ。足をやや広げてくつろいでいる様子からして、明らかに呼び出しを受けた理由をわかっていない。


 だが、矢沢は厳しい目を瀬里奈に向ける。


「瀬里奈、なぜ船の周りを飛んでいたんだ。説明してもらおう」

「へ? あー、戦闘機が飛んでったって聞いたから、見に行こうと思ってん」

「だろうと思った。訓練中だと聞かされなかったのか? それでなくとも、戦闘機への接近は危険だというのに」

「それくらいええやん。敵やないんやし」

「そういう問題ではない!」


 矢沢は声を荒げ、事態の深刻さに全く気付いていない瀬里奈を怒鳴りつける。


 すると、先ほどまでご機嫌だった瀬里奈は、顔を膨れさせて反論。


「はあ? なんでうちが怒られなアカンねん!」

「レーダーが君を探知してから、見張りの目視報告が上がってくるまでの2分半、君は敵かもしれない存在として認識されていたんだ。一歩間違えば、君に対してミサイルが発射されていたかもしれないんだぞ」

「な、なんやねんそれ……意味わからんわ……」


 矢沢から事の概要を説明された瀬里奈は、顔を強張らせてしまっていた。敵と認識されていた、という事実を告げられれば、当然の反応だろうが。


「君の飛行パターンはミサイルにかなり似ていた。それに、マッハ4で空を飛ぶ動物などいない。これに懲りたら、二度と私や管制官の許可なしに空を飛ぶな。わかったな」

「なんやねん……空飛んだだけやのに」

「空を飛ぶ、という行為は危険が多く潜む。特に軍艦や戦闘機の周りを勝手に飛ぶなど、撃墜されても仕方ない。殺してくれ、と大声で言い続けているのと同じだ」

「そんな……」

「瀬里奈、君はもう少し思慮するべきだ。前の戦いで活躍したと言っても、このような失態を犯せば信用されなくなる」

「そないな言うたって、前だって……っ」


 瀬里奈は何かを言いかけるが、結局何も言わずに艦長室から飛び出していった。


 彼女はまだ小学生の子供で、自衛隊どころか、戦争のことはほとんど何も知らない。それなのに、ドラゴンとさえ戦えるほどの能力を手にしてしまっている。


 艦内の問題は対応したと思えば、今度は外での問題が残っていた。これもどうにかしなければ、またしても障害になってしまうだろう。


 矢沢は脱力し、今後の対応を考えるしかなかった。

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