196話 神器の秘密
フロランスは城の医務室に寝かされており、治療が試みられていたが全て失敗に終わっていた。
しかし、リアは完治できると言っていた。それが本当かどうか確かめるため、矢沢とリアは医務室へとやって来ていた。
室内には既にロッタとアメリア、佐藤が待機していた。愛崎と波照間は外の警備に回っている。
リアはフロランスのベッドに横へ立つと、彼女の頬をそっと撫でた。
「よかった、まだ生きてるね。じゃあ、始めようか」
そう呟くなり、リアは持っていた黒い箒を自身の胸に当て、魔力を込め始めた。
すると、黒い箒が白い輝きを放ち始め、その光は加速度的に強くなっていく。やがて光は部屋を染め、矢沢は目を覆いつつも、箒が放つ熱を体の正面に感じていた。
「おい、何をしているんだ」
ロッタが慌てて声を上げるが、リアは平静を保ちながら言う。
「この箒も神が遺した神器だよ。鎧とは違って生き物にしか作用しないけど、病気や邪悪を振り払う力を持つんだ」
「そういうことか……!」
光が強すぎてロッタの表情は伺い知れないが、それでも驚いているのは声でわかる。
鎧が物理的な修復力を持つのであれば、箒は生理的な修復力に長けているのだろう。それは今のフロランスに必要なものだ。
これでフロランスは救われ、完璧とは言い難いがアセシオンでの作戦行動は成功裏に終わるのだ。
やがて光が消え、部屋は通常通りの状態に戻る。矢沢はフロランスを穴が開くほどじっと見つめるが、彼女は穏やかに目を閉じたまま変化は見られない。
「リア、本当に治るのか?」
「はい。もうすぐ目を覚ますはずです」
リアは朗らかな笑みを見せると、箒を傍に置いて部屋を出た。彼が神器に絶対的な信頼を置いているからだろうが、すぐに消えてしまうのは少し冷淡なようにも見えた。
佐藤が直ちに検診に入るが、彼からの返事は「変化なし」だった。結局のところ、果報は寝て待てというわけだ。
最善を尽くした後の結果待ちはもどかしいものだ。矢沢は十数年ぶりに感じたその感覚に耐えきれず、部屋を出て散歩することにした。
*
夜も更けた深夜になっても、フロランスは目を覚まさなかった。
単に眠っているだけとはわけが違う。明らかにフロランスの状態は変化しておらず、昏睡状態が継続していた。
佐藤に続いて軽くフロランスを診ていたリアは、大きなため息をついた。
「佐藤さんの言う通り、毒素は完全に消えてるね。魔力の痕跡も一切ないよ。でも、箒じゃどうにもならないところで問題がある可能性がある」
「どうにもならないところ、ですか?」
アメリアが首を傾げると、リアはそうだよ、と頷く。
「何度か見てきたことだけど、一度昏睡状態になったら目を覚まさないこともある。鎧や箒の力でも目を覚まさないその症状を、ぼくたちは幽閉症候群って呼んでるんだ」
リアがフロランスの状態に対して言及したところ、アメリアどころか他の者たちまで首を傾げてしまう。
確かに日本語では訳せてはいるものの、それはニュアンスの問題だろう。矢沢もそれに関して質問を投げかける。
「幽閉……どういうことだ?」
「地球で言う精神疾患のようなものです。神器の力を持つ者が感情を乱してしまうと、発揮される魔力にも乱れが生じます。そこに瀕死のダメージが加わると、魂が過剰な防衛反応を示して心を閉ざし、人族にとっては長期に渡る昏睡状態に陥るんです。目を覚ますまで平均で30年くらいですね」
「30年だと……! ふざけるな!」
ロッタはリアに掴みかかると、凄まじい剣幕で彼を睨みつけた。今にも剣を抜きかねないほどに激高している。一方のリアはほぼ無抵抗で、申し訳なさそうに目を伏せていた。
「ごめん、君の大切な人をこんな目に遭わせて」
「……っ、もういい」
ロッタはリアを突き放すと、腕を組んでそっぽを向いた。これ以上言っても無駄だとロッタもわかったのだろうが、だからと言って怒りが収まるわけでもない。
すると、アメリアはフロランスの頭を撫で、頬をすり合わせた。
「これから30年もこのままだなんて……フロランスちゃん、頑張ってください……」
アメリアの言葉はとても優しいものだった。矢沢だけでなく佐藤も悔し涙を浮かべている。
30年は人間にとっては長すぎる。それに、フロランスは年齢的にも立場的にも、一番楽しい時のはずなのに。
だが、リアは続ける。
「でも、治療する方法はあるよ。神器のカードがあれば、フロランスの心に入り込んで強制的に目を覚まさせることができるかもしれない。心を閉ざすのは、神器がもたらす魔力だ。だから、カードが持つ『心を読む力』で心の中に入り込んで、神器の魔力を排除すれば目を覚ますはずだよ」
「できるんだな、そんな芸当が!」
ロッタはリアに再び掴みかかると、何度も確かめるように聞いた。リアはただ頷くばかりだったが、ロッタにはそれで充分だった。
「よし、カードとやらを探しに行くぞ」
「ごめん、これは300年前に失われてるんだ。今じゃどこにいるかもわからない」
「なんだと!? くそっ!!」
ロッタはリアの頬を殴りつけ、壁に叩きつけた。もはや怒りのボルテージは限界だと言わんばかりに、息も荒くただリアを凝視している。
「ごめん……でも、絶対に見つけるから。それまでは、新しい巫女を立てて代用してほしい」
「新しい巫女? ふざけるな、神器の力を持っていないのにか! それに、フロランスはそのままじゃないか」
「ええ、わかっています。なので、鎧の力を他の人が受け継いで巫女を引き継いでください。人間たちは神器の力を受け継げるのは1人だけだと思っているみたいですけど、実際は引き継げる人数に制限はありませんから」
「なんだと!?」
リアの言葉に、部屋の誰もが声を上げた。
神器は誰でも恩恵を受けられる。確かにリアはそう言ったからだ。
「力を受け継いだ存在は、言葉通り力を持ちます。それを巡って巫女同士の争いが絶えなかったので、人間たちは神器を受け継ぐ人の数を制限しました。それが始まりです」
「ということは、何人でも力を受け継げるのか!?」
「ええ、そうです。鎧の力は受け継いでください。何人でも可能です」
「くそ、そうだったのか……」
ロッタはへなへなとその場に座り込んだ。しかし、すぐに立ち上がって矢沢に声をかける。
「ヤザワ、ひとまず鎧を取りに行く。お前もついてこい」
「わかった、ついて行こう」
矢沢は即答した。鎧の力を継げる者が何人でもいるのなら、自衛隊員の誰かが受け継いで補給を盤石にする必要がある。ロッタにはそのための交渉をしなければならないからだ。
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