153話 警戒と目的
「陛下、お怪我はございませんか」
「ああ、問題ない」
ヤニングスは爆発で破壊された馬車の残骸から皇帝を助け起こした。幸いにもけがはなく、自力で立って歩けるようだ。
状況は最悪だ。相手が望む唯一の条件である奴隷の一部返還を確約したことで、彼らは協定を遵守した。しかし、フランドル騎士団とジエイタイの協力体制がどうなっているかを見誤り、結果的にフランドル騎士団への牽制を忘れて介入を許してしまう事態となった。
それに加え、こちらは伝えておいた情報の5倍もの兵力を投入して護衛に当たっていたが、相手が仕掛けていた罠にかかり、その半数を一瞬にして失った。
今できることは、一刻も早く陛下を連れて城へ撤退するだけだ。幸いにもヤニングスと皇帝は無事であり、敵にヤニングスを倒せる者はいない。現有戦力でも十分に撤退は可能だ。
見たところ、フランドル騎士団は50名。そのうち3分の1が罠の巻き添えを食らったので、実質30名程度には減っている。ジエイタイも20名といったところだ。
万が一に備え、ヤニングスの相棒である赤いドラゴンが撤退に備えて待機している。場所は敵の警戒網に引っかからないように60㎞程度離れた森の中だが、全速力で飛行すれば数分で到達できる距離だ。
ヤニングスは神器の力を使い、待機中の相棒へと声を飛ばした。
「メリア、聞こえていますか」
『確認は不要、命令を』
ヤニングスの脳裏に、老齢の女性に似た声が冷徹に響いた。赤いドラゴンことメリアの思念だった。
「敵の罠にはまりました。現場へ急行してください」
『承知』
メリアは短くそれだけ返すと、それ以上は一切反応しなくなった。なんにせよ、すぐに来てくれるのならば構わないが。
ヤニングスは皇帝へ目を移すと、瓦礫から抜け出して皇帝を呼び寄せた。
「陛下、すぐにメリアが到着します。ご安心を」
「全く、お前は……敵に助けを乞うなど愚の極みだ」
「彼の決定を手っ取り早く、そして確実にひっくり返すにはこうする他なかったのです。子を持たない陛下が国を追われた後は、ローカー候とサリヴァン伯が権力争いを行います。ただでさえ防衛力と経済が弱っている中、それは国民にも悪影響を及ぼします。それを避けるには、どうしても外部の助力を得る必要がありました」
「く……つくづくバカげている。なぜ皇帝である朕が貴族の決定にノーと言えないのだ!」
皇帝は馬車の瓦礫を踏みつけることで、ひたすらにやり場のない怒りをぶつけていた。ヤニングスは一部を特権扱いするからだと心中でため息をついていたが、そんなことが口に出せるわけがない。
「とにかく、今すぐここから──っ!」
「おわっ!?」
逃げるべきだ、と言おうとした時だった。視界の端で、ジエイタイの隊員が武器をこちらへ向けていた。
ヤニングスはすぐさま防御魔法陣を展開しつつ、皇帝を抱えて離脱を試みる。
その直後、防御魔法陣に銃弾が直撃。鈍い金属音を放ち、潰れた銃弾はその場へ落下した。
「どうやら、彼らも本気のようですね……」
魔法防壁を無力化するらしい武器を持ち出すということは、本気で離脱を阻止しにかかっているということだ。
事態は一刻を争う。ヤニングスはメリアへ連絡を取り、早く来るよう催促しようとした。
しかし、メリアと繋がるや否や、彼女は切迫した声をヤニングスの脳内に響かせる。
『鋼鉄の天馬を視認。排除するまで着陸不能』
「やはりそうですか……」
敵も愚かではない。以前にもドラゴンを見ている彼らは、必ずや何らかの策を講じてくると思っていた。
もはや協定が消え去った今、彼らは全力で皇帝を捕縛しにかかっている。それを避けるためにも、ヤニングスはメリアが到着するまで戦わなければならない。
必ずや、この国を守る。ヤニングスは魔法防壁を展開し、彼らの攻勢に備えた。
*
「攻撃失敗。例の防壁!」
「厄介だな」
ヤニングスを狙って射撃した隊員の報告を聞き、矢沢はため息をついた。
敵は銃弾を防ぐ魔法を行使できる。アメリア曰く魔力の消費量が大きいらしいが、それでも極めて厄介な魔法と言える。
「攻撃の魔法を使われると厄介だ。アメリア、迎撃を頼めるか」
「力は及ばないかもですけど、頑張ります」
アメリアは両手の拳を握り頷いた。ラフィーネ以来の因縁の相手だからか、やる気は十分にあるようだ。
「よし。まずは包囲だ。アルファ、ブラヴォー、周囲の敵を掃討せよ」
矢沢が指示を出すと、隊員たちは発砲音に気づいて接近しつつある近衛軍部隊に射撃を開始。一瞬にして数名の兵士が倒されたが、そんな中でも残りは怯まずに突撃してくる。
「私も行きます!」
「ダメだ。君はヤニングスの警戒に当たれ」
「あっ……はい」
アメリアも戦闘に参加しようとしたが、矢沢に引き留められて足を止めた。
怯むことなく戦いを挑む姿勢は評価すべきだが、彼女は目先の利益に囚われやすい傾向にある。目的を見失うことなく戦いに臨めば劇的に強くなれるだろうが、今のアメリアには到底無理な話だった。
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