118話 与えられる絶望

 シュルツは1ヶ月も見ないうちにストレスで痩せこけていた。島で初めて会った時の小太りな体格は見る影もない。

 本来ならばアメリアが決着をつけるべき場面だろうが、もはや彼女は怒髪天を衝くほどに怒りを抱えている。彼と対面した日には、この艦ごと彼を吹き飛ばしかねない。


「今日ここに来た理由は1つです。あることを伝えに来た」

「あること……? それは何ですかな」

「私はこれまでの行為を反省し、この艦にアセシオンの法律の一部を適用すると、あなたに伝えに来た」

「それは、この行為を反省した、ということでよろしいか?」


 シュルツは自分の立場などわかっていないと言いたげに尊大な態度を取る。何が彼に自信を与えるのかわからないが、見ているだけで滑稽だ。


「そうだ。君をここに閉じ込めておくのはもったいない。正しい待遇を受けるべきだと私は思っている」

「ならば、すぐに解放して──」

「アセシオンでは奴隷が合法だと聞いた。奴隷はどのようなことをされようと主人に逆らうことは許されないとも」

「それは、どういう……」

「我が艦はアセシオンの法を一部認めることとし、君を奴隷にすると決定した。これがどういう意味かわかるか」


 矢沢の言葉を聞き、シュルツの顔がどんどん青ざめていく。ようやく自分の立場を理解できたようだ。


「法が適用されるのは明朝6時からだ。それまで君へは隊員と同じ食事と浄水処理された飲用水を提供していたが、それを艦で使用された人糞と汚水に変更する。それに加え、君にも犯罪者として労働を課すことにする。男子便所の掃除を1時間ごと、手足や道具を使わず、舌だけを使ってやってもらう。舌が嫌であれば局部を使うこと。睡眠時間は1日10分に制限される。隊員には君を1度暴行する度に60円の報奨金を出すことにしよう。君の性器を切り取った者は10万円の特別ボーナスを与える」

「そ、そんな……何を言っているんだ、君は……!」

「あなた方と全く同じこと。法で認められた人権の否定、人への無制限の暴力だ」


 矢沢はそれが当然であるかのように、ポーカーフェイスを貫きながら説明した。感情など挟む必要はない。ただ伝えればよかった。


「あなたは二度とこの艦から出られない。もし日本に帰れることになれば、徹底的に拷問を加えて生きたまま体を刻み、魚の餌にして帰ります。証拠は残しません」

「そんなこと、許されると思っているのか……それに、アメリアは言っていた……自分たちに私を裁く権利はないと……」

「現にアセシオンで許されていることです。我々はそれに則るだけだ。それに、あなたを裁くのは我々ではない。アセシオンの法と自分の罪、そして無反省があなた自身を裁くのだ」


 矢沢はもう容赦などはしなかった。アメリアの説得にも応じず、彼女も話をしたがらないのであれば、もう彼に未来はない。


 こんな状態でベルリオーズ伯に引き渡せば、また奴隷商売と子供への性虐待を行うのは火を見るより明らかだ。邦人がまた被害者となることも考えられる。アメリアの気持ちに関わらず、彼の意識を変えない限り、引き渡しに応じるわけにはいかないのだ。


 矢沢が言ったことがよほど効いたのか、シュルツは情けなく涙を流して震えていた。


「やめてくれ、いやだ……」

「嫌だというのであれば、君にチャンスをあげよう。ただ1つ、質問に答えるだけでいい。100点満点中10点で地球での戦争犯罪人と同じ処遇を受けることができる。それ以下であれば君を奴隷化する」

「10点……? はは、何を言っているのか知らないが、楽勝じゃないか……」


 何がおかしいのかわからないが、シュルツは引きつった笑みを浮かべた。先の苛烈な言葉とは温度違いの話で気が緩んだのか。


「楽勝ならばよかった。私もバカみたいな決断をせずに済む」


 矢沢は一息つくと、その質問を口にした。


「女性にとって、性的暴行を受けるとはどういう意味を持つか。10秒以内に答えてほしい」


 それを聞くなり、シュルツの表情がまた怯えたものに変わった。


 自分の罪を認めるだけではない、相手の立場に立て、と間接的に言っているのだ。


 シュルツに時間はなかった。息を呑むと、すぐに口を開く。


「それは……とても嫌なこと、だろ?」

「マイナス273点。さっきの奴隷宣言は甘かったようだ。先程の措置に加え、目を潰した上で手足と舌も切り落とそう」


 逃げたな。


 矢沢は怒るべきところをわきまえているつもりではあるが、今回は例外だ。そういう感情も通り越し、ただ落胆だけを感じていた。


「うっ、いやだ……やめてくれ! 何が悪かったんだ! お前たちがそういうんだ、そうなんだろ?」

「その程度で済む問題ではない。被害者は性的暴行を受けた事実を一生抱えて生きていく。君が行ったように、奴隷として人格を認められず、ただ道具のように扱われレイプされるだけの惨めさが理解できるか? 自身の心や意思は徹底して存在を否定され、体だけを卑しい目的の道具として使われる。全く同質ではないが、お前に宣言した措置と似たようなものだ」


 もはや涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れた顔は見るに堪えなかった。とはいえ、それでもやめるわけにはいかない。


「予定通り去勢は行う。二度と性的な行為ができないよう手足と舌を切り落とすのも先ほど決めた通りだ」

「わかった、わかった……反省する、あの子にも面と向かって謝罪するから、そんなことはやめてくれ……」

「面と向かっての謝罪は向こうが望まない限りできない。藤村くんには既に君を捕まえたことを伝えてあるが、彼女は君の名前を聞いただけで激しい拒否反応を示し、それ以降君の話題は一切出さない。謝罪の言葉を聞きたいとさえ言わない。謝罪の機会は永遠に訪れないだろう」


 矢沢ははっきりと言い放つ。行ったことは取り返しがつかないと、暗に伝えているのだ。


「そういうことだ。別の形で罪を償ってもらう」

「まさか、さっきの奴隷どうのこうのでは……」

「トイレ掃除という点は変わりないが、当面は道具の使用を許可する。食事や睡眠も今まで通りだ。それで経過観察を行い、数日後にはカウンセリングを受けてもらう。それで合格点を取れば、君は地球の規定に則り戦争犯罪人として処罰を受けるため、フランドル騎士団の施設に引き渡されることになる。不合格であれば奴隷化だ。しっかり反省するように」

「あ、ああ……」


 ようやくシュルツの震えが止まった。俯きながら涙を拭うと、手を顔で覆った。

 フランドル騎士団に引き渡すのは嘘だが、カウンセリングを行う旨は本当だ。そうでなければ引き渡すことはできないのだから。


 矢沢はこれからだと自分に言い聞かせ、ただ1人の男をその場に残して居房を後にした。

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