346話 サルベージ計画
「……ダメだな。全く読めない」
アメリアの魔法で水を抜いた艦橋の中、矢沢は左手で顔を覆うしかなかった。
航海日誌らしきものを艦橋から発見したのはいいが、火災があったのか焼け焦げた跡があり中身が読めなくなっていた。
万一の際、護衛艦が沈没する際は総員離艦の指示が下され、乗員たちは膨張式救命いかだを展開しながら海へ飛び込み、艦から速やかに離れるよう訓練されている。
この護衛艦かがも手順に沿っていたはずで、その証拠に救命いかだの類は全て無くなっていた。この艦橋に落ちていた書類たちも、その際に持ち出せず処分されたものだろう。つまり、乗員はどこかで生きている可能性が高い、とも言える。
だが、その手掛かりは一切ない。アモイには邦人を全て帰還させるよう言っていたはずだが、かがの乗組員らしき者がいるとは一切報告が上がっていない。
「やっぱりダメですか?」
「ああ、まるっきりダメだな。アメリア、次は後部を探そう」
「はい。それじゃあ行きましょう」
矢沢はアメリアに掴まり、大きく傾いた床から足を離した。
格納庫の艦首部分には、ヘリや戦闘機などの残骸は全くなかった。周囲に散らばっていたことから、格納庫内部がビームにやられて露出してしまった際、全て海に落下してしまったものと考えられた。
そこで艦橋を探索してきたのだが、そちらも収穫が少ない。沈没原因はドラゴンのせいでほぼ確定なのだろうが、それを最終的な結論にしてしまうのは時期尚早だ。
矢沢とアメリアは泡に包まれて艦橋から出ると、破断したかがの後部を探しに行く。
「アメリア、水中でもロケーティングは使えるか? かがの後部船体を探したい」
「多分、それらしきものがあればわかると思います」
「よし、やってくれ」
「はい。はああ……っ!」
アメリアは目を閉じて神経を集中させると、足元に魔法陣を描き出す。すると、数秒と経たないうちにアメリアは目を見開いた。
「見つけました。すぐ近くです」
「本当か。よかった」
矢沢はほっと一息つきながらも、アメリアを掴む腕からは力を抜かずに姿勢を保つ。
アメリアの言った通り、かがの残骸らしき物体は100mと離れていない場所から発見された。かなり保存状態のいい船体前部とは違い、後部はバラバラに吹き飛んでしまっている。
「まさか、ここまで保存状態が悪いとは……」
「何か爆発したんでしょうか……?」
「いや、見たところ違うな。焼けた箇所がないんだ。ビームを受けた中腹から沈んでいく際、前部は横倒しになりながら艦首を下に向け、空気が抜けて滑るように着底したのだろうが、後部は飛行甲板で繋がったままの艦首に引きずられ、大量の空気が残った状態で海底に叩きつけられたのだろう。空気と着底の衝撃でバラバラに破壊されたんだ」
「自然の力って、本当にすごいですね……こんなに大きなものを破壊しちゃうなんて……」
矢沢の詳細な説明に、アメリアはただ戦慄するばかりだった。自然が有する力が1隻の船をバラバラに破壊された痕跡を目にすることなど、普通に生きていれば滅多にないことだろうから。
一方で、矢沢は何の収穫もなさそうなことに落胆していた。船体下部は辛うじて原型を留めているが、喫水線より上は完全に粉々だ。海中で破断したらしい飛行甲板の残骸も落ちていたが、そちらも水と船体の重量で強引に引きちぎられているようだ。竜骨ごと吹き飛んだ中腹部以外の沈没原因を示すような証拠は何一つない。
後はなるべく大量の写真を撮り、後日3Dモデル化できるようデータを揃える。今できることと言えば、それくらいが限度だ。
*
作業を全て終えた頃には、既に数日が経っていた。アクアマリン・プリンセスでは邦人たちが搭乗を終えて邦人村に出発するのを待ちわびている頃だろう。
しかし、かがをそのまま放置しておくわけにもいかない。乗員が全くいない中で運用はできないが、それでも技術流出の危険性を考えれば引き上げない選択肢はない。
そこで、矢沢は幹部会議を招集し、かがの引き上げ計画を立案することとなった。出席した幹部十数名やアメリア、ラナーに書類を配布し、ホワイトボードを引っ張り出して幾つかの写真を張り付け、長机に座る出席者たちの前に立つ。
「では、護衛艦かがのサルベージ計画について説明する。承知の通り、かがの船体は大きく破損しており、アメリアによる修復でも完全修理には2週間ほどかかる見通しだ。そこで、計画は2段階に分けることになる」
「2段階というと、分断したまま引き上げるんですか?」
「いや、そうではない」
怪訝な顔を向ける大松補給長に、矢沢は軽くかぶりを振った。
「計画書の4ページを参照してほしい。まずは船体のみを2日で修復し、艤装や必要な物品は全て格納庫に搬入する。その後、サファギンらの協力を得て船体を浮揚させ、電装品や航空機などの艤装を沈没前の状態に戻すことになる。引き上げてしまえば、後は曳航しながらの作業が可能となるためだ」
「それでは、サルベージ船とかは必要ないんですね」
「そうなる。全て魔法で行うことになるだろう」
次は長嶺機関長の質問だったが、これも簡潔に答える。
こう考えてみれば、魔法という技術は極めて便利なものだとわかる。その中でも最上位に当たる神器の力を得た今、乗員の死者が出なければの話だが、例えあおばが撃沈されたとしても問題なく戦線復帰が可能だろう。
「では、これからは計画の詳細について詰めていこうと思う。質問のある者は挙手してくれ」
「はーいっ!」
佳代子の呑気な返事を聞き流しつつ、矢沢は計画の詳細を詰める作業に移る。
とは言っても、あおばの関係者にはほとんど関りのない話だったので、ほとんどが曳航や引き上げた船体の管理などの説明に留まってしまっていたが。
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