36話 揺るがぬ目的

 邦人の一団は平原を通過しており、街を入る前に奇襲を仕掛けてしまえば騒ぎが街まで届いてしまう恐れがある。そうなれば街からわんさか防衛部隊がやって来ることは目に見えている。

 フロランスがいるとしても、ヴァイパーやシーホークで掃討できるとは限らない。おまけに護衛対象が多すぎて離脱は不可能。大部隊と正面切って戦うことだけは絶対に避けなければならない。


 ならば、特殊部隊が得意とするステルスミッションを行うまでだ。矢沢は通信機を取り、全員に通達する。


「街の南部郊外で要救助者を発見した。これより、我々は彼らの救出を行う。各員、奴隷市場の東側に集合せよ。濱本は監視を継続だ」


 矢沢は通信を切ると、荷車に乗り込んで幌を閉じ、私用のタブレット端末を取り出して作戦立案に当たった。

 この街の地図データも記録している。そこに現地で得た情報を加えつつ、作戦の一助にする。即席の作戦だが、必ず成功させなければならない。助けられる人々だけでも、絶対に助けるのだ。


             *     *     *


 10分後、引き続き邦人の一団を監視している自衛隊員を除き、アルファチームとブラヴォーチームの全員が奴隷市場の東端に集合した。

 既に邦人の一団はユーディス入りしている。実際に取引が開始されるのはもう数日後だろうが、これ以上先延ばしにするわけにはいかない。


「それでは、襲撃作戦を簡単に説明する。2人1組に分かれ、ブローカーの特定と捕縛を行う。近衛兵は作戦に支障がなければ無視して構わない。ただし、街の住民に見られれば作戦は失敗すると思ってくれ。では、解散」


 矢沢の合図で、隊員たちが散り散りになる。矢沢はアメリアと共に親子を装って邦人たちの一団に接近し、護衛の状況を確認する。

 邦人たちは少なくとも150名はいると思われ、それを20名近くの近衛兵が護衛している。アクアマリン・プリンセスが座礁していた場所からユーディスまでは直線距離で300㎞、東京から名古屋より遠い。そのためか、邦人たちの足取りは重い。


「海岸からここまで……」

「ああ、あまりにひどい」


 アメリアの嘆きを、矢沢は一切否定しなかった。

 彼らが辿ってきたルートはわからないが、辛い旅路だったことは確かだ。これ以上彼らに辛い思いをさせるわけにはいかない。


 そう考えていると、前方を歩いていた日本人らしき女性が膝をついた。歳のほどは矢沢と同年代程度だろうか。

 すると、近くの近衛兵が女性に近づき、いきなり剣の鞘で彼女を殴りつけたのだ。


「いっ……!」

「ほら早く歩け!」

「でも、足が痛くて……」

「ダメだ。休憩はもうすぐなんだから、さっさと歩け!」


 女性は涙ながらに足の痛みを訴えるが、近衛兵はそんなことなどお構いなしに鞘で暴力をふるい続ける。


「そんな!」

「……っ」


 アメリアは口を手で押さえながらも小さな悲鳴を上げ、矢沢は歯を食いしばっていた。

 この道中でも、同じようなことが行われていたに違いない。解放も行うが、彼らへの報復も行いたい。そんな怒りの感情が湧きあがってくるのを、矢沢ははっきりと感じていた。

 邦人たちと行動を共にして数分後、一団は街の中心部近くにある広場で行軍を停止した。そこでようやく休憩を許され、人々はその場にへたり込む。


 一方、先頭にいた近衛兵たちは顎髭を蓄えた男と接触していた。フードを深々と被り、何かを話している。


「あれがブローカーか」

「ですね」


 矢沢とアメリアは息を呑みながら彼らの観察を続けた。2人の予想通り、顎髭の男は近衛兵と話を終えると、邦人1人1人を見ながら分厚い紙束に何かを書き込んでいた。ブローカーであることの証だ。


「よし、ブローカーは特定したな。他にも兵士が誰かに接触しないか観察しよう」

「はい」


            *     *     *


 最終的に、近衛兵が接触したブローカーは6名いた。彼らは邦人たちに軽い身体検査や会話をした後、6人で話し合いを持ち、その後で近衛兵に大量の金貨を渡していた。

 どうやら、それぞれの割り当てが決定したようだ。行動するのは今しかない。


「アメリア、行動開始だ」

「はい。必ず成功させましょう」


 昨日から一睡もしていないはずだが、アメリアは俄然やる気だった。あのようなひどい仕打ちを受けた人々に、二度とあんな顔をさせないように。アメリアの心はいつになく正義感で溢れていた。

 これからが本番だ。矢沢はブローカーの1人、最初に見つけた顎髭の男に話しかける。


「少しいいですかな」

「ん、あんた誰だい?」

「奴隷の購入を考えている者です」

「ほほう、もう嗅ぎつけてきたのかい」


 顎髭の男は上機嫌だった。

 これから取引を行えると思っているのだろうが、そうはいかない。矢沢は至って平然と話を進める。


「少しお伺いしたいのですが、先ほど仕入れた奴隷はどちらから来たかご存じですかな」

「何かは知らんが、犯罪者の集団なんだと。ただ、よく計算ができる上に育ちもいい者ばかり。言葉は翻訳しないといけないんだが、農村で働く分には困らないだろう。若い女も多いから、夜の相手にもピッタリだ」

「なるほど。では、向こうの物陰で話しましょう。妻に見つかるとまずい」


 矢沢はそれとなく顎髭の男を路地裏に誘導する。


「ははは、娘にはがっつり見られていますぞ」

「いえ、私はお父さんの味方ですので!」


 アメリアは不敵に笑いながら答える。

 この調子ならば、この男に取り込めるかもしれない。そう判断した矢沢は、ここで第2作戦を発動させることにした。


「娘には好かれる反面、妻とはケンカばかりでね。あなたには奥方やご子息はいらっしゃいますかな」

「妻が1人と娘が2人います。奴隷稼業は儲かるのでね、うちは家庭円満だ」

「そうですか」


 矢沢はニコリと歯を見せて笑う。相手方には他愛もない仕草だろうが、矢沢はいい協力者を獲得できてよかったと考えていた。

 すっかり矢沢を気に入ったらしい男は、そのまま矢沢とアメリアに導かれるまま路地裏へ移動する。


「ここなら誰にも見られないでしょうな」

「用心深いですね。そんなに奥方に見られるのが嫌で──」


 顎髭の男は話を中断させられた。首には矢沢のサバイバルナイフが突きつけられ、背後からはアメリアが光の剣を出している。


「すまない、少し付き合ってもらおう」

「わ、わかったから殺さないでくれ……」


 顎髭の男は先ほどとは打って変わり、冷や汗を流して体を震わせ、両手を上げて降伏の意を示した。

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