35話 滑り落ちたもの

 中央通りが農作物や織物などを扱っているのに対して、第2の通りである北通りは国内向けの奴隷を販売している。

 通りは貴族の馬車が多く駐車されていて、その主らしい貴族や従者の姿も多く見受けられる。それに加えて街の職人らしき人々も客の中にちらほら見え隠れしている。


 一方の奴隷たちはゴザの上に鎖で繋がれたまま見世物にされていて、誰もが俯いていたり涙を流していたりと、絶望的な表情を浮かべていた。男性は質素な半ズボンや上着を、女性はウールのロングスカートを主に身に着けていて、身分の低さを物語っている。


 地球側の製品は確実にそれより上等で、なおかつこちらには存在しない合成繊維の服や作業用に向くジーンズのようなものもある。商人は必ず着替えさせるはず。この中に必ず邦人はいるに違いない。


「この中にアクアマリン・プリンセスに乗っていた方はいませんか?」


 ロッタちゃんたちと手分けして、奴隷たちに声をかけていく。アメリアちゃんの話が本当なら、日本語で話しかけても『アクアマリン・プリンセス』と出せば外国人であろうと反応してくれるはず。それを信じて地道に声をかけていった。


 もちろん商人からは冷やかしだと思われて手を払われる。それでも気にしていたら負け、奴隷を売っているだけでも胸糞悪いのに、日本人を拉致して売り払おうだなんて、今すぐここで銃を乱射したくなる。


 けど、そんなことをしても何の意味もない。お世話になっている艦長さんに迷惑をかけるだけな上、この街に喧嘩を売ることになる。

 根気よく探すしかない。あたしは罪のない人たちを助けるために自衛隊に入って、空挺レンジャーの資格まで取って、あの虚無としか言いようがない訓練も耐え抜いた。全てはこのためにあるんだ。そう何度も自分に言い聞かせた。


            *     *     *


 波照間が奴隷市場を一通り回り終えたのと同時刻、矢沢らアルファチームは人の往来を調査していた。数百人単位の集団が街に入っているなら、それこそ街中で話題になるはずだからだ。

 ただ、通行人や青果店の店主に話を聞いても、それらしき情報が挙がってこない。


「ふむ……」


 前回救出した邦人の位置や移動速度などを逆算した結果から、今日にもここに邦人たちが到着し、検査などを受けると考えていたが、そうではなかったらしい。


「私の読みが外れたか」


 道中で待ち伏せを行うのはリスクが高い。彼らは弱った老人や体力のない子供まで平気で山地機動をさせる鬼畜の集まりだ。それよりは時刻を逆算し都市部で待ち伏せを行った方が捕まえやすく、ブローカー諸共排除できると考えていた。


 だが、その時間予測が外れたらしい。おまけに船の派遣があったとは知らず、ほとんどの邦人をまんまと奪われてしまった。完全に失態だ。

 矢沢は荷車に寄りかかり、目頭を押さえた。もう少し情報収集を綿密に行っていれば、こんなことにはならなかっただろうに。


 邦人たちが運ばれると思われる街の候補はまだあった。一番近い到達予測時間も2日後に迫っている。

 ここで待機するにしろ、ハイノール島へ急ぐにしろ、次の場所で待機するにしろ、どのみち全員を救助するのは無理だった。島へ移動するとなれば、オルエ村の防衛計画の変更をしなければならず、間に合う可能性はゼロに近い。


「予定は変更せず。ただし、邦人確保はほぼ失敗……か」


 世界中へ拡散してしまった邦人を全員取り戻すため、どれだけの時間と労力が必要になるのだろうか。矢沢は疲れた頭でぼんやりと考えた。


 もはや絶望に近い。北朝鮮の拉致問題は50年以上も解決しておらず、20年以上前に日本が北に対し譲歩する形で数名が帰還したのみ。

 拉致された理由も日本への浸透を行うため日本語の翻訳や教育などに従事させるためだった。対日工作員が育ってきた2000年代には外交カードとして利用され、まんまと核開発の手伝いをするハメになってしまっている。


 ただ、この世界においては勝手が違う。単純な労働力としての拉致であり、情報を絞り出せば終わりではない。外交カードになるどころか、地球での常識すら通用するか怪しい。そんな拉致被害者を数千名も出してしまったのだ。


 自身の無力さを感じ、空を仰ぎ見る。


 日本より空気はきれいだが、統治する者たちの頭は腐りきっている。やるせない思いで一杯だった。


「艦長! 報告です!」


 そこに、立検隊所属である砲雷科員の2曹がやってきた。乱暴にフードを取ると、矢沢へ報告を行う。


「何か?」

「都市の南部に100名規模の一団を発見! 服装から邦人と思われます!」

「そうか、ありがとう」


 矢沢は報告を聞くと、すぐに姿勢を正した。

 計算は間違っていなかった。彼らはここに来ている。

 ならば、やることは1つだ。


「総員、戦闘用意。彼らを解放しよう」

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