82話 毒蛇の追撃

「こちらヴァイパー3、目標を光学にて確認」

『はいっ! そのまま追撃してくださいね!』


 AH-1Zのパイロットである三沢は、前面に配置された液晶ディスプレイの映像を見ながらあおばと通信を行う。

 映像には背中に人を乗せた赤いドラゴンが映っており、現在はそれを追尾している状態だ。矢沢の予想が正しければ、そこにアメリアと瀬里奈が乗っているはずだった。


 追撃任務とはいえ、攻撃には細心の注意を払う必要がある。あくまで狙うべきは強制着陸だからだ。撃墜してしまえば、アメリアや瀬里奈が死亡してしまう恐れもあるのだ。


 三沢は陸自の隊員ではあるが、護衛艦かがとの共同任務という名目で愛機や相棒と共に海を渡り、そして何の巡り合わせか異世界でイージス護衛艦搭載の攻撃ヘリコプターとして運用されている。

 運命や神といったものは信用しない。信じるのは命令と自身が培ってきた能力のみ。今回もそれは変わらない。ただひたすらに、2名の要救護者を救助するために前方の飛行物体を強制着陸させるという目的を達成するためだけに頭を使うのだ。


「行きますよ、コウ」

「任せろ」


 前席に座る男性自衛官の横田倖市2尉が棒読み気味の低い声で言うと、慣れた手つきで武器の操作を開始する。


 AH-1Zは複座型になっている。後席にはパイロットの三沢が、前席には兵装システム士官である横田が配置されている。兵装システム士官は、要するに兵器やレーダーを操作する搭乗員であり、パイロットの交代要員も務める。


 横田はHMDヘッドマウントディスプレイ越しにドラゴンへと目線を合わせつつ、機体下部に装備された20mmガトリング砲を稼働させた。


「もう少し接近します。コウ、任意のタイミングで威嚇射撃開始。着陸しないようなら、人質に当てないように機体へ射撃を」

「了解」


 事務作業のように淡々と命令を繰り返す三沢と、機械音声とも言われるほどの棒読みで返す横田。あまりに人間らしくない受け答えのせいで、2人が乗っている機体は他の隊員から無人機とまで言われている。


 2人とも同い年であり、ヘリの操縦課程も同じ時期に卒業、配備先も同じ、おまけにバディを組むことになったこともあり、周りからは冷やかし交じりに結婚しろとまで言われるほどに仲がいい。互いに家庭を持っている上に子供もいるのだが。

 どちらも子持ちだからこそ、アメリアと瀬里奈を助けたい気持ちは表に出さないものの共有していた。


 絶対に2人を助ける。命令の絶対順守という軍隊における基本原則と、2人の個人的な想いは共通していた。


 20mm機関砲が火を噴く時を待ち構えている一方、機体はドラゴンに追い付きつつある。高度を下げつつ追撃しているため速度は400km/hに迫っており、速度の出し過ぎで機体が大きく揺れていたが、三沢の操縦技術で何とか抑え込んでいる状態だ。本人は平然としているが。


「そろそろ500mです」


 三沢の声を聞き流しながら、横田は機銃の発射ボタンに指をかける。普通の地上目標や低高度目標とは違い、今回は実戦、それも人質に当てないようにしなければならないことから、かなり難易度は高い。


 ドラゴンまで500mを切ると、横田は射撃を行う決心をつけた。操縦桿の裏についた安全ボタンを引き、射撃準備を整える。


「威嚇射撃開始」


 機体は小刻みに揺れていたが、機銃弾の束は狙い通りドラゴンの頭部付近を擦過していった。搭乗員にも機銃弾が空気を切り裂く音が聞こえたことだろう。


「威嚇射撃終了」

「いい仕事です」


 作業を終えた2人は互いに頷き合う。まずは第1段階をクリアしたことの確認だった。

 だが、敵は全く着陸する素振りを見せないどころか、速度を落としながら右へ旋回していく。


「何かする気です、攻撃用意」

「承知した」


 ドラゴンが旋回するのに合わせ、ヴァイパーも同じく速度を落としつつ旋回。機首の光学センサーと20mm機関砲がドラゴンを狙い続けている。


「グオオオオォォォォォォオオオォォォォォ!」


 ドラゴンが咆哮を上げると、小刻みながら激しい振動がヴァイパーを襲った。周囲の大気が震えるほどに強烈なそれは、防弾キャノピーとヘッドセット越しでも2人の耳を貫いていた。


「うう、く……」

「油断するな、来るぞ」


 思わず歯を食いしばる三沢に横田が注意を入れる。すると、ドラゴンが口腔に炎をため込み始めたのだ。

 攻撃が来る。旋回して速度を落としただけでは不十分で、それに加えて機体を横にバンクさせて「横滑り」を行う。


「今です、攻撃を」

「了解」


 横田が冷淡に答えると、すぐさま機銃弾が連続して発射された。機体が左に横滑りして急激な横Gがかかる中、機関砲は横田がHMDで指示した通りドラゴンの口を狙って叩き込まれる。


 だが、同時にドラゴンの口からも炎のブレスが噴射された。軍隊が使う火炎放射器とは攻撃範囲が桁違いで、まるで津波のような炎の渦がヴァイパーを襲った。


「これは……!」


 熱源を感知するミサイル警報装置が鳴り響くと同時に、三沢は2基のエンジンをフル回転させて機体を上昇させた。それでも高熱の噴流が機体を襲い、キャノピー含む機体前面と機関砲、燃料タンクやスキッドと呼ばれる着陸脚が熱で焼けてしまう。

 弾薬類の爆発やエンジンの損傷はなかったが、2人が乗るキャビンの温度は一時的に70度にまで達した。もちろん、監視用の光学装置は故障し、攻撃は不可能になっている。


「こちらヴァイパー、敵の反撃を受け戦闘不能。飛行に支障はないものの、機体各部に深刻なダメージを受け任務の継続は困難、これより帰投する」

『うええ、ほんとですか!? すぐ帰投してください、早く!』


 佳代子が言い終えるより先に、三沢は機体を反転させてドラゴンから離れていく。

 相手も追撃する気配はなく、ドラゴンは小さく唸りを上げると帝都の方角へ翼を翻し、そのまま飛び去っていった。


「今回は状況が悪かった」

「ええ、人質がいる状況では仕方ありません」


 横田と三沢は冷たく言うが、内容はほとんど恨み節に近いものだった。

 対空ミサイルどころか機関砲まで使用を制限された中では、どう頑張っても結果は同じだっただろう。


 この借りは返す。機内の凄まじい熱気に耐えつつ、三沢も横田も、飛び去るドラゴンを見送りながらそう決意した。

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