26話 助けに来た

 ヘリには矢沢と波照間、大宮、佐藤、アメリアに加え、砲雷科の立検隊員4名を加えた、総勢9名が奪還作戦を行うことになった。アメリアを除く全員が陸自の補給品から拝借した迷彩服を着用し、同じく陸自の装備品であるアサルトライフルやスナイパーライフルを装備している。


 これに加え、支援にはスキャンイーグル1機、そして輸送用のSH-60Kがデータリンク維持と警戒監視、搭載機銃による攻撃支援のため上空待機することになっている。


「エグゼクター1、発進」


 SH-60Kがメインローターから激しい唸りと強風を発生させつつ、機体をあおばの飛行甲板からふわりと浮かせる。

 アメリアは唾を呑み込みながら、ドアの下に広がる広大な森を見下ろしていた。


「ヤザワさん、本当にやるんですね……?」

「当然だ。このまま知らない場所へ連れ去られようとしている自国民を、指を咥えながら黙って見ているほど自衛隊は甘くない」


 矢沢の言葉を聞き、波照間や他の隊員たちも一様に頷く。あおばは日本のコントロールを離れ、独自に行動している。例え国家と敵対しようと、ここで彼らを見逃すようなことは『自衛隊員として』できるわけがない。


 ヘリは高度を下げながら、目標の地点に向かう。移動するのは森の小さな広場、集団の予想進路から少し外れた地点だった。


            *     *     *


 ヘリがランディングゾーンに指定された森の広場に着陸し、地上行動を行う8名の隊員とアメリアが降りる。それを確認するなり、ヘリはすぐさま森の広場から飛び立ち、高高度に退避する。


 鬱蒼とした原生林が広がる森の中は、アメリアが住んでいるオルエ村より日本の風景に近く、地面が柔らかい腐葉土になっているため幾分か動きやすいと矢沢は安心していた。

 隊員たちが矢沢の前に並んだところで、矢沢は全員と目を合わせていく。


「全員いるな。これより客船の乗客と見られる集団を迎えに行くが、違っていた場合は直ちにここから撤収だ。乗客集団に見慣れない武装集団がいた場合、私に報告するように。私の合図で攻撃を開始する。民間人には絶対に銃弾を当てるな」

「「「了解」」」


 隊員たちは普段通りの返事をするなり、事前に決められた2人1組の組を作り、波照間は単独で待ち伏せを行う予定地点まで歩いていく。

 矢沢とアメリアの組も同じく徒歩で待ち伏せ地点へ移動を開始した。


「さて、ここからが正念場だな」

「そう……ですね」


 矢沢の決意表明にも似た呟きに、アメリアは小さく答える。


「どうした、元気がないようだが」

「いえ、本当に戦いをしに行くんだ、って思ったんです。魔物に襲われたから応戦する、とかじゃなくて、こっちから人間相手に戦いを挑もうとしてるんだ、と……」

「私たち自衛隊は自国民を守るために存在する。そのためには戦いも必要になる。話し合いで済むのならそれでいいのだが、そうならない場合もある」

「では、今回は……?」

「まずは話し合いをする。それでダメなら仕方がない」


 矢沢はため息をつきながら、背の低い草をかき分けて進む。

 相手が話し合いに応じるとは思えなかった。本当なら緻密に偵察と情報収集を重ね、相手方のなるべく上の人物と話し合いで解決するべき事柄だ。


 フランドル騎士団の罠にはめられている可能性も排除しきれない。だが、それを差し引いても今回は急を要する。相手の手中に落ちる前に奪還できるなら、こちらは交渉が失敗するリスクを回避できるからだ。


「とにかく、今は状況の対処に当たる方が先だ。相手が敵かどうかを見極め、それに沿った対応を行うことに集中しよう」

「は、はい」


 アメリアは冷や汗を流しながら頷いた。

 彼女が内心穏やかでないことは、一瞥しただけでも火を見るより明らかだった。

 その理由もわかっている。協力者である現地住民というだけで、我々はアメリアを関係のない戦いに巻き込んでいるのだから。


            *     *     *


『来ました。目標です』


 大宮と佐藤の組から連絡が来るなり、矢沢は双眼鏡を覗いた。

 細い獣道を歩いているのは、フランドル騎士団の情報通り『アクアマリン・プリンセス』の乗客たちだった。服装が明らかに地球のものであり、すぐに判別がつく。荷物もなく、2列縦隊を作っている。


 それも、列の外側には剣や短い槍で武装した軽装の兵士たちがまばらに配置されている。集団の全容は見えないが、100人はいるであろう乗客たちを10数名の兵士が護衛しているようだ。


「思ったより少ないな」

『乗客の移動は分散させているようなので、おそらく護衛する人数が足りないのでしょう。それとも、この人数だけでいいと判断されたか、です』


 矢沢の素朴な感想に、波照間が簡易的な分析を加える。

 いずれにしろ、護衛の人数が少ないことは矢沢たちにとっても幸運だった。人数が少なければ奇襲の第一撃で排除できる戦力の割合も多くなり、結果的に犠牲者は少なくできる。

 集団が徐々に接近しつつある。矢沢は息を整え、立ち上がってアメリアに言葉をかける。


「君はここで待機してくれ。私の合図があった場合は戦闘に加わってほしい」

「わかりました。えっと、頑張ってください」

「ありがとう」


 矢沢は鉄帽を1度脱いでアメリアにお礼を言うと、再び被り直して集団の方へ歩いていく。

 まずは話し合い。戦うのはそれからだ。

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