27話 人を殺す技術
乗客集団の先頭には4名の兵士がいて、前方を警戒していた。
矢沢は小銃を背負って両手をフリーにし、見かけ上は非武装だと見せかける。もちろん拳銃はレッグホルスターに収納したままだ。その兵士たちに近づき、5メートルほど離れた場所で声をかける。
「あなた方はアセシオン帝国の兵士だとお見受けしますが、これからどちらへ?」
「何だ貴様、そこをどけ」
一番の年上らしい黒髪の中年剣士が矢沢を睨みつけた。他の3名もそれぞれ武器を構える。
後ろからは矢沢の姿を見た人々から、口々に「自衛隊だ!」「助けに来てくれたんだ!」という歓声が上がっていた。
この反応から見るに、強要されて船を離れていたことは明らかだった。矢沢は怒りを抑えながら、淡々と話をする。
「私は矢沢圭一、あなた方が連れている人々のリーダーのような者です。全員の身柄をこちらで預からせて頂きたいのだが」
「それはできないな。むしろ、お前がこの列に入ってもらうことになる」
「領土侵犯に関してはお詫びいたします。ですが、彼らを連れて行くのはやめて頂きたい。私が政府のトップと交渉し、事態を解決するとお約束しますので」
矢沢は少しずつ近づき、中年剣士から1メートルほど接近したところで足を止める。中年剣士は警戒することもなく、苛立った様子で矢沢に怒鳴りつける。
「話し合いだと? する必要はない。お前たちは許可なく皇帝陛下が統治される神聖な領土に足を踏み入れた。つまり領土侵犯の罪により奴刑に処される」
「なるほど、奴刑ですか」
矢沢は顎に手を添え、少しばかり考え込んだ。
奴刑はその名の通り奴隷の身分に堕とす刑罰だろう。江戸時代の日本においては女性が適用されたが、ここでは罪を犯せば性別に関係なく適用されるらしい。
兵士が言っていることが正しければ、豪華客船の関係者全員に適用されるものと考えて間違いない。ここまで多くの奴隷を確保するとなれば、やはり海外への売却が考えられる。
「何をしている、早く列に戻れ」
「その必要こそない。やれ!」
矢沢はすぐさま拳銃を抜き、中年剣士の右脚に3発発砲。それと同時に真横から1度の銃声が起こり、先頭3名の頭から深紅の血液と白い脳漿が飛び出した。
乗客集団から一斉に悲鳴が上がる中、矢沢は拳銃を茂みに投げ捨てると、コンバットナイフを取り出して中年剣士に掴みかかり、背後から首筋にナイフを当てる。
「直ちに降伏せよ。従わなければ殺害する」
「く……わかった」
中年剣士は脚の痛みを堪えながら、鼻声で短く言った。何が起こったかもわからない様子らしく、体が小刻みに震え、鎧から小さな金属音が連続して聞こえていた。
* * *
ヤザワさんが『やれ!』って言った瞬間には、もう先頭の兵士たちが倒されていた。
それだけじゃない。私が倒そうとしていた兵士2人も、ヤザワさんがいる先頭へ駆け出した途端に、あの甲高い爆発音がして胴体から血を噴き出していた。
私たちの常識が全く通用しない、圧倒的な力。魔力を感じさせず、一方的に護衛部隊が倒されていく。
あの、じゅう? っていう兵器は直線方向しか攻撃できない。兵士が捕まった人たちのすぐ横にいれば、誤射するかもしれない。それでも自衛隊の人たちは巧みに移動して、兵士の後ろに捕まった人たちが来ない位置を取って攻撃を続けていた。
結局、爆発音に引き付けられた兵士たちが不用意に移動して、自衛隊の人たちに倒されるパターンを繰り返して近衛軍の兵士が全滅した。私の出番なんて全くなかった。
唯一、先頭にいた男の兵士はヤザワさんに取り押さえられて、縄で縛られていた。捕まっていた人たちのうち何人かが暴力を振るっていたけど、ヤザワさんがすぐに止めた。
1つ1つの動きが洗練されていて、まるで戦闘じゃない『作業』を見せられている気にもさせられた。あんなに凄い戦いぶりは初めてです。村では戦いを主導する立場の私が、何もできずに戦いが終わるなんて。
「皆さん、我々が来たからには、もう安心です。これからアクアマリン・プリンセスに戻りますが、傷病人がいた場合は今すぐ申告してください。ヘリで優先的にお送りします」
ヤザワさんがそう言うと、人だかりの中から何人か手が挙がった。きっと、ヤザワさんが言う『傷病人』に違いなかった。
彼らが住んでいた世界には魔物がいないって聞いたけど、本当にそうなんだって私は思った。
レゼルファルカを相手にした時は辛勝って感じだったけど、さっきの兵士たち相手だと全然違う。少ないとはいえ、こっちの倍はいたのに、魔法も使わせずに数十秒で片をつけてしまった。
怖気が走るほどに完成された、人を殺すための技術。武器も体も、知識さえも、人を殺すという目的のためだけに、徹底的に鍛え上げられていた。
これが『自衛隊』。自衛を行う部隊、という名前とは全くもって程遠い、プロの戦闘集団。
アセシオンは大変な人たちを敵に回してしまった。そのことを、すぐにでも彼らは認識するはず。
ちょっとだけですけど、アセシオンの皇帝さんが不憫に思えてきました。
でも、その気持ちもすぐに掻き消えた。兵士たちの死体を見て、昔のことを思い出してしまったせいで。
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