416話 空の包囲網

 レン帝国の城はタンドゥの中心部にそびえており、背の低い宮殿の外側を低い城壁が守っている。シェイの屋敷である寝殿造と決定的に違うのは、正面の庭に加え、城の背部にも広大な裏庭があることだ。今回はここをランディングゾーンに使用する。


 タンドゥ近海の『あおば』からはAH-1Z、コールサイン『ヴァイパー3』が、そこからほど近いミンシェイ諸島で待機中の艦隊からF-35Bこと『アスター7』が発進。そこから5分遅れて上陸班を乗せたSH-60Kこと『エグゼクター1』が出撃し、一路城へと向かう。


 陸自ヘリパイコンビの三沢2尉と横田2尉が駆るAH-1Zの任務は、F-35が投下する500lb爆弾『LJDAM』の誘導に加え、着陸した上陸班の上空を周回し、F-35の爆弾投下を指示して援護を行う役回りとなる。特に横田は前線での航空管制を担う前線航空管制官の任務にも就くこととなっており、業務が煩雑になることが予想されている。


 地下の留置場を除き、城の中には敵兵しかいないという情報が流れている。既に救出対象である艦長たちが隠れている部屋は同定できているので、後はその周辺に被害を加えないよう攻撃を行うだけだ。


 攻撃士官用の前席にいる横田2尉は、慣れた手つきで照準システムを起動。機体を街に侵入させたばかりの三沢に一つ声をかける。ヘリのエンジンとローター音がうるさいので、当然ながら会話は無線越しだ。


『三沢、こちらは準備できている。そちらはどうだ』

「現在、ウェイポイント3を通過。間もなく攻撃地点上空です」


 後席につく三沢は機体の操縦担当で、モニター画面に表示されたタンドゥのデジタルマップを参照し、設定された航路通りに機体を飛行させている。


 異世界にある獣人国家の首都を事細かくデジタルマップにできているのは、これまで散々飛行させてきたスキャンイーグルのおかげと言っても過言ではない。三沢は文明の利器に感謝しつつ、操縦を続けた。


 やがて、機体は城から南に約4km離れた空域に到達。直下は商店街となっており、日没を迎えつつある現在は人出が増え始めている影響で、敵とて容易には撃墜できないだろう。もちろん、不測の事態も考慮して機体を城から離しているわけだが。


 作戦時刻になると、地上にいる銀から通信が入る。


『こちらシルバーアイ、摂理の目を使って偵察したわよ。敵兵はほとんど第2兵舎に集まってるわ。艦長たちも動いてないわよ』

『こちらリベレーター、了解。全機、攻撃位置につけ』


 コールサイン『リベレーター』を使う護衛艦『あおば』から発せられる攻撃準備の報に従い、機体を城に向け、目標である兵舎に向けて照準レーザーを照射し始めたところで、三沢は予定通りF-35を駆る空自の東川1尉を呼び出す。


「こちらヴァイパー3。アタックポジションにつきました。いつでもどうぞ」

『Aster7,roger. Liberator, requesting permission to attack. (アスター7、了解。攻撃許可を求む)』

『こちらリベレーター、攻撃を許可。目標を攻撃せよ』

『ヴァイパー3よりアスター7、南から北に飛行しLJDAMを投下せよ』

『Wilco. Bombs away.(了解。爆弾投下)』


 東川が航空管制を行う『あおば』に攻撃許可を取り、攻撃位置についたところで航空爆弾を投下。高度4000mを飛行するF-35Bの主翼から投下された爆弾は、AH-1Zが照射するレーザーに従って落下。そのまま兵舎の屋根を突き破って大爆発を起こした。


 攻撃は成功したようだ。寸分の狂いもなく爆弾が落下した兵舎は粉みじんに吹き飛び、敷地内に敵兵が溢れてくる。


「こちらヴァイパー3、攻撃成功を確認。ナイスキル」

『Roger.』

『こちらエグゼクター1、目標へのアプローチに入る』


 三沢が攻撃成功を告げると、東川が嬉しそうに返答。その横ではSH-60Kが着陸準備に入ろうとしていた。


 しかし、LZとなる裏庭には敵が何名か出てきており、すぐには着陸できそうにない。横田は舌打ちしながらも、報告は忘れることなく行う。


『ヴァイパー3よりエグゼクター1、LZ付近に敵兵を確認。これより掃討する。着陸待て』

『エグゼクター1、ラジャー』

『リベレーターよりヴァイパー3、アスター7へ裏庭の敵兵への攻撃を指示せよ』

『ヴァイパー3了解。アスター7、裏庭の敵に爆撃せよ。進入コースは北東から南西』

『Aster7, Wilco.(アスター7、了解)』


 裏庭に出てきている敵兵はざっと14名。F-35Bがウェポンベイに隠し持っているSDB小型爆弾を2発使えば一気に葬れるだろう。その間、AH-1Zは機体を横滑りさせながら表の庭に対しロケット弾をばら撒いていく。機体右側に搭載された19発のロケット弾が一気に発射され、表の庭を文字通り「耕して」いく。もちろん、その場にいた敵兵は無為にその命を散らすことになる。


『Aster7, pickle pickle(アスター7、爆弾投下、投下)』


 すると、今度はF-35が高度を緩く下げながら爆弾を投下。俗にいう緩降下爆撃で、爆弾が2発投下された後は機体を引き起こし、高空に撤収していく。


 F-35が投下したSDBは小型の誘導爆弾であり、意図的に小型化することでピンポイントの被害を与えることに特化した爆弾となる。特に今回のような誤爆が許されない状況では有効な兵器の1つだ。


 F-35の爆弾が起爆して数秒後、再び銀から連絡が入る。


『こちらシルバーアイ、裏庭の敵兵は一掃されたわ。ご協力どうも』

『ヴァイパー3、ラジャー。エグゼクター1、降下を許可する』

『エグゼクター1、ウィルコ。これよりLZに降下する。サリー、直ちに出撃せよ』

『おっしゃ来たで! うちの出番やな!』


 横田が着陸を許可すると、高空で旋回し待機していたSH-60Kが、着陸のため城の周囲を旋回しながら高度を下げる。SH-60KがAH-1Zの後部を擦過した際、瀬里奈がドアを開けて空中へ飛び下りる姿を三沢が捉えていた。


 サリーというのは瀬里奈のコールサインだ。魔法の力で空飛ぶ少女であっても、航空管制はすべからく必要となる。


 しかし、まだ終わってはいなかった。裏庭に新たな敵兵が出現したのだ。航空機を脅威だとハッキリ認識できたのか、しきりに火球や槍を投射する。


『こちらヴァイパー3、裏庭に敵兵が出現、対空砲火による抵抗を確認。これより掃討する。警戒せよ』

『エグゼクター1、ラジャー』

『こちらサリー、おっけーやで!』


 AH-1Zが城に接近し、機体を横滑りさせて回避運動を行いながら裏庭に機銃掃射を仕掛ける。機首に装備された20mm機関砲弾が次々に敵兵の肉体を抉り、周囲の地面に血しぶきや肉片をぶちまける。その様子は三沢や横田も赤外線モニター越しにしっかりと認識できている。


 どのようなシチュエーションにしろ、人が死んでいくのはいい気分がしない。もちろん、相手が敵であろうとも。


 しかし、敵は他の種族やこちらを弾圧し、虐待し、奴隷化しているのだ。やらなければ、こちらが同じ目に遭う。決して肯定できるような行為ではないが、やらなければならないことなのだ。


 もちろん、それは横田もわかっているはずだ。三沢は心を鬼にして、戦いの行く末を見守った。

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