415話 いたわりの心

「はぁ、はぁ……あう」

「元気ないじゃない。どうしたの?」


 出撃直前、アメリアが辛そうに肩で呼吸しているのを見かけたラナーは、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。


 すると、アメリアは涙目になりながらラナーに訴えかける。


「聞いてくださいよ……私、神器の鎧の力が使える唯一の存在だからって、いっぱい頼ってもらえるのは嬉しいんですけど、ちょっと負担が大きくて……魔力も全然回復しないんです」

「ふうん。やっぱり大変なのね。ジュースでも飲む?」

「はい、ありがとうございます……」


 働き詰めのアメリアを不憫に思ったラナーは、作戦の直前に飲もうと思っていたジュース入りの水筒を渡した。アメリアが蓋を開けてジュースを注ぐと、しゅわわ、と炭酸の泡が弾ける音がする。


 アメリアはその炭酸飲料を口に含むと、うぷ、と眉をひそめて容器から口を離した。


「えう、これ何なんですか……薬みたいな味がします」

「あはは、お気に召さなかったかな? ルートビアっていう飲み物なんだって」

「ビア? お酒なんですか?」

「ううん、ただのジュースみたいよ。炭酸水と粉を混ぜて作ってるの」

「そ、そうなんですか……」


 半笑いで話すラナーに冷ややかな目を向けるアメリア。どうやらお気に召さなかったようで、ラナーは心底残念に思っていた。故郷には存在しない爽やかな味わいを気に入り、飲酒が禁止されている艦内では代用品として毎日飲んでいるほどだというのに。


「ま、いいわ。それより、元気は出た?」

「えっと、多少は……ですかね」


 アメリアはチラチラと度々ラナーから目を逸らしながら言う。せっかく元気を出してほしかったがために提案したのだが、どうやら逆効果だったらしい。


 そう言っているうちに、2人は後部飛行甲板へ続く扉を開けていた。真夏のレン帝国に吹きすさぶ北風が2人に襲い掛かり、整えられた髪を乱れさせる。


「ちょ、こんな中で出るわけ……?」

「アメリアー! ラナーのねーちゃーん! 遅いでー!」


 ラナーが髪を押さえながら文句を言っていると、風が起こす轟音に隠れるように瀬里奈の声が耳に届く。


 飛行甲板には既に輸送用のヘリであるSH-60Kがローターを回転させて待機しており、作戦に参加する隊員たちが搭乗するのを待っている。


 ヘリに乗る人員は『あおば』からは部隊長である航海長の鈴音、射撃の腕を買われた航海科の青木、敵の誘引を行う主戦力のアメリアとラナーの4人となる。瀬里奈は自力で飛行できるため、ヘリの護衛任務に就くことになっている。


 そして、外部からの協力者として、ドレイクという竜人種族の戦士ラルド、人族とマオレンの血を引くらしい猫耳少女のミルという少女。いずれもブリーフィングで情報は共有されているが、実際に行動を共にするのは初めてだ。2人はヘリのドア付近でよそよそしく立っているだけで、特に鈴音や青木と話をしようとはしていない。


 このまま出撃するのは連携の面でまずいと思ったラナーは、とにかくラルドに話しかけてみることにする。


「ねえ、あなたって、あたしたちがシェイの屋敷を攻撃した時に助けてくれた、あの竜人でしょ?」

「……ああ、そうなる」

「その節はお世話になったから、お礼がしたいと思ってたの。時間がある時でいいから、一緒に食事でもどう?」

「有難き提案ではあるが、いつになるか不明だ。それでも気にせんと言うのであれば」

「大丈夫。軽食をつまむだけでもいいしね」


 ラルドは自分なりに誠意を尽くそうとしていたのだろうが、どうにも反応が薄い。こういう性格なのだろうかと少し考えたが、シェイの屋敷で見せた、あの強気の態度からは考えられない。


 もしかすると、と思いつつ、ラナーは腕を組んで得意げに笑う。彼の態度の理由は、顔に強く表れていた。


「なるほど、乗り物酔いか」

「うっ……何の話だ」

「隠す必要はないんじゃない? 真っ青な顔でバレバレ。さっきヘリで到着したって言ってたし」

「……このヘリコプターという乗り物、あまりに動揺が激しい。苦痛に過ぎる」


 とうとう観念したのか、ラルドは大きく息をつきながら事の次第を話した。


 どうやら、この強い北風にヘリが煽られて大きく揺れたようで、それで気分を悪くしたらしい。


 エンジンやローターが発する振動に加え、高速移動することで風の影響も受ける。旅客用ではないために、このような天気が怪しい日には無理をすることもある。例え頑強なドレイク族とはいえ、慣れない環境に置かれれば体調を崩すこともあるのだと知ったラナーは、ラルドに笑顔を向ける。


「あたし、別の種族のことなんてあまりわかってないんだなって思った。ドレイクってみんな化け物みたいな感じなのかと思ったら、案外そうでもないのね」

「どういう意味であるか」

「姿かたちは違っても、同じ人間なんだなって思っただけよ。セーランっていう神様、本当にいたんでしょ? その神様がいろんな種族と一緒に戦ったっていう話、ちょっと現実味がないんじゃないかなって思ってたけど、そうじゃないんだなってわかった気がする」

「……そうか」


 ラルドは相槌程度の反応しか返してこなかった。こんな自分の考えをどう思っているのかはわからないが、理解はしてくれると思う。


 そして、自分にできることは1つ。気分が悪いという彼をいたわることだ。


「辛いなら、何か別のものでごまかしてみたらどう? 例えば、ジュースとか」

「ふむ、飲料か」

「そ。もう出撃だし、ヘリの中で楽しみましょ」


 ラナーはアメリアから返却された水筒を見せると、そのままヘリに乗り込んでいった。


 その後、ラルドがことさら気分を悪くしたのは言うまでもない。

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