417話 逃げるが勝ち
「よし行け!」
「はいっ!」
SH-60Kが急激に高度を落として城の裏庭に着地すると、部隊長である鈴音の合図で青木とアメリア、ラナー、ラルドが続いて外へ出る。
土舗装の庭はあちこちに穴が開いており、魔力の痕跡も濃い。ここに駐屯する親衛隊の部隊が忙しなく演習を繰り返しているのが感じ取れる。
最後に裏庭へ降り立ったミルは、またここに来てしまったのかと1人思い、息を呑んだ。
外交交渉を行う矢沢の付き人としてここに来たまではよかったが、突如として兵士たちに包囲され、持ち物を全て奪われて魔法を封じられ、奴隷の扱いに身をやつすことになった、忌まわしい場所。あの時、ご主人様が助けてくれなければ、今頃はまだここにいたのだろう。
そのことを思い出すと、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。あの連中にどうやって報復してやろうか、ヘリの中ではそのことばかり考えていた。
「おい、ミル……だっけか。何を突っ立ってる、早く行くんだ!」
「にゃ!? は、はいにゃ!」
ミルが怒りの感情を高ぶらせていたところ、ヘリ防衛のために残っていた青木に怒鳴られてしまう。ミルは慌てて部隊が向かった本丸の方へ駆け出していく。
それにしても、この近辺は見覚えがある気がした。ここに捕らわれる以前から、ここに来たことがあるかのように。
*
「ああ、全くもう!」
「しょうがないでしょ! 摂理の目を使ったら敵に位置を知られるんだから!」
波照間が悪態をつくと、銀は苛立ちを隠すことなく怒鳴り散らした。それでも両者は脚を止めることなく全速力で廊下を駆け抜ける。
それもそのはず、後ろからは多数の敵兵が2人を追いかけているのだから。今は敵がひっきりなしに仕掛けてくる突撃を、銀の防御魔法陣で阻止するので手一杯な状況となっている。
「とにかく、今は部隊と合流しないと!」
「確か、ヘリはもう着陸してる頃よね!?」
「予定だと目標の回収まで終えてる頃よ! 早くしないと置いていかれちゃうじゃない!」
「とんだハードスケジュールだわ!」
「ドォリアアァァァ!」
「しつこい!」
ライオン顔の兵士が刀を構え、魔力に乗って加速してくるが、波照間は刀が突き刺さる直前に身を翻して回避し、相手と正対する形になる。そこに、すかさず右脚のホルスターからUSPを抜き、攻撃が空振りに終わり無防備な状態にあるライオン顔の頭部に銃弾2発を叩き込んだ。
「うぐは……!」
「もう遊んでる暇はないのよ!」
先頭に来た兵士が転倒するのと同時に、波照間は閃光手榴弾のピンを抜き、集団の前方に落とすように投げる。倒れた兵士を越えようとしていた者たちの鼻先で閃光手榴弾が破裂し、派手な音を鳴らして彼らを牽制する。ネコ科は人間よりも耳がいいとされており、閃光手榴弾の効果も人間相手より高いだろう。
とはいえ、それでも行えるのは牽制程度。敵を殺傷する能力はないために、十数m離れてもまた追跡が再開される。
「ああもう、フラッシュバンなんかでどうしろってのよ! 破片手榴弾はないわけ!?」
「艦から補給を受けてないんだってば!」
「ならば、我が引き受けよう」
銀と波照間が言い争いをしていると、廊下の突き当りからラルドが姿を現した。手には彼の身長をやや超える程の槍が握られており、魔法が使えない波照間にも赤く光るオーラが見えるほどに膨大な魔力を込められている。
ラルドは腰を低く落とすと、槍を前に向けて構える。そして、波照間と銀が脇を通り過ぎた直後、ラルドは目にも留まらぬ速度で敵集団に突撃した。
250cm以上を誇る巨体から繰り出される突撃は、もはや槍というよりミサイルの弾着だった。狭い廊下という環境もあるだろうが、敵兵10名近くが一気に無力化される。
「うそでしょ……」
「アタシたちにとっては好都合だわ。増援を呼ばれる前に掃討するわよ!」
「もちろん!」
波照間は銀の呼びかけに答えると、姿勢を低く取ってUSPの射撃を開始。拳銃用の9mmパラベラム弾は攻撃を終えて硬直状態にあるラルドを擦過し、彼に殺到しつつある敵兵の脳天を貫いていく。
先ほどの兵士は振り向き際の攻撃だったため2発を発砲したが、落ち着いて射撃姿勢を取れる状態では、1人の相手に撃つ銃弾は1発で充分だ。特殊作戦群で鍛えられた射撃のスキルをもってすれば、闇雲に突っ込んでくる獣など止まっている的に等しい。
銀の細いレーザーやラルドの乱れ突きも手伝い、追跡してきた敵兵はあっという間に消滅した。ラルドが一瞬にして敵兵の前方集団を破砕し、同時に壁役にもなってくれたおかげだ。
しかし、ラルドは波照間と銀に振り向くと、眉間に深いしわを寄せて詰め寄る。
「お前達は恥ずかしくないのか! なぜ飛び道具を用いる!? 戦士たるもの、正々堂々と己の肉体を敵の眼前に晒し戦うべし!」
「うえ、めんどくさ……」
せっかく助かったと思いきや、今度はラルドからいわれのない文句を言われるハメとなってしまった波照間と銀。
ここに来て文化の違いが問題となってしまうとは思わなかった。完全に辟易してしまっていた波照間は、面倒ごとを避けるために銀の背中を蹴りつけ、彼にぶつけてそのまま逃走を図る。
「いった……何するのよ!」
「そこのトカゲさんの相手は頼むから!」
「ふざけんじゃないわよ! 待ちなさいコラ!」
「まだ話は終わっておらん! 待て!」
今度はラルドと銀が追跡してくるが、波照間に待つ理由などなかった。今は何より逃げるが勝ちなのだ。
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