418話 先送りされる脱出
「くそっ、どうなっているのだ!!」
レン帝国の皇帝ヤンは、雄々しいライオン顔を真っ赤に染め上げて怒り狂っていた。
突如として城を襲った凄まじい振動でたたき起こされたばかりか、そのことに関して情報を持ってくる者が誰1人としていない。
外を見てみれば、あちこちから炎や煙が立ち上っている。これがただの火事ではないことは一目瞭然だったが、問題はそこではなかった。
「おい、誰かいないのか! 余はここだ!」
「は、陛下」
人の姿を探し回って10分、ようやく事情が理解できていそうな者と遭遇する。ヤンと同じくライオン顔の宮廷参謀ウェイイーだ。彼は相変わらず皇帝の前にいるというのに、右手を胸にかざして一礼するが、目の前の人物を測ろうとするかのような鋭い眼光は健在だ。
「ウェイイー、この状況を説明せよ! 今すぐにだ!」
「は。現在、城は灰色の船が保有していると思われる航空戦力と地上戦力により攻撃を受けております。地上兵力は裏庭より侵入中。現在は我が方が劣勢にあります」
「なぜ劣勢なのだ! 敵はそれほど多いのか!?」
「敵の初撃にて第2兵舎が破壊され、城に駐屯していた戦力のうち6割が死亡ないし戦闘不能状態にあります。その後も攻撃が届かない空からの遠距離攻撃で兵の損耗は増え続け、今や組織的な抵抗は継続が困難な状態にあります」
「何をバカなことを! まだ襲撃から20分も経っていないのだろう! 傀儡兵はどうした!」
「傀儡兵は今も調整中、すぐに出撃できる状態ではありません。敵は明らかに調査を重ね、こちらの弱点を把握しています。そこを的確に突き、常に主導権を握る戦い方です。敵の初撃が決まった時点で、我々は勝利の可能性が潰えたと言えるでしょう。陛下、今すぐ退避を」
怒りが収まらないヤンとは対照的に、ウェイイーは一切平静な姿勢を崩さずに避難の提案をする。しかし、逃げる気など皇帝には一切なかった。
「敵前逃亡は戦士の恥! 余は逃げも隠れもせん! 余が出る!」
「っ……承知しました、陛下。お供します」
ヤンは力強く宣言すると、手をポキポキと鳴らしながら裏庭へ足を向けた。ウェイイーもそれに続く。
決して許してはならない。城を襲うなど、この国や皇帝を侮辱することと同義。そのような不遜な敵には、必ずや鉄槌を降さねばならないのだから。
*
「んにゃ、ここ……」
隊員たちからはぐれてしまったミルは、あてもなく城の中を歩き回っていた。時たまに敵が襲ってくることもあるが、それはミルが召喚魔法で呼び出す、身長の3分の2ほどもある巨大なリング状の武器『
封旋輪は乾坤圏に似ているが、リングの外側に半円の刃が付いている刃物の武器で、主に近接戦闘として使われるが、投擲することもできる特殊な武器となっている。パロムがミルのためにしつらえたもので、この武器のおかげでミルも十二分に高い戦闘力を発揮できている。
しかし、強くなったからと言って方向音痴が治るわけではない。ミルはため息をつきながら、薄暗く誰もいない廊下を歩いていた。
すると、不運なことに道の突き当りに差し掛かってしまう。周囲の壁は漆喰で固められているが、目の前の扉は灰色の鋼鉄製だ。高さは6m以上あり、しかも封印術式が掛けられているために、開放するのは無理なようだ。
「チッ……クソッタレ、冗談じゃねえ。アイツら、一体どこに行っちまったんだか」
ミルは舌打ちすると、自衛隊員たちへの文句を口にし始める。確かに自分が出遅れたのが悪いが、それで納得することなどできなかった。
だが、戻ろうとして反転した時、ふと感じた覚えのある感覚がミルの心を満たした。
決していい記憶ではないことは、胸の嫌なモヤモヤで感じていてわかる。一方で、何か快楽のようなものを得ていた気もする。
この気分は一体何なのか。覚えてもいない記憶に惑わされ、様々な思いが去来していく。しかし、その原因となる記憶は全く覚えがなく、しかも思い出すことさえできない。
「……ああもう、クソッタレ!」
理解できない。考えても答えが出ない。ミルは苛立ちながら廊下に落ちていた安っぽい色付き石のアクセサリーを蹴りつけると、逃げ出すようにこの場を後にした。
*
コンコン、コン、コンコン、と、倉庫の扉がリズミカルに打ち鳴らされると、矢沢は内部から倉庫の扉を開けた。事前に銀から伝えられた指示通りだ。
すると、眼前に89式小銃を抱えた鈴音が現れ、矢沢に向かい敬礼した。
「艦長、お迎えに上がりました」
「ああ、ありがとう。さあ、早く脱出しよう」
矢沢が勇ましい声を上げると、物陰に隠れていた隊員たちが次々と姿を現す。愛崎と佐藤は大宮の死体を持ち上げると、思いつめた表情のまま倉庫の出入り口を通った。それに環も続く。
「大宮……」
「私のせいで死なせてしまった。彼には申し訳ないことをした」
「艦長、まずは脱出しましょう。武器をどうぞ」
「すまない」
矢沢は鈴音に詫びを入れるが、彼は小さくかぶりを振って脱出を促し、続いて9mmけん銃を差し出す。グリップをしっかりと握りしめると、武器を持っている安心感が心を満たしてくれる。
だが、今は時間がない。余計な感傷に浸るよりも、無事に脱出する方が先だ。
「みんな、ヘリまで走れ! 一刻も早く脱出する!」
「「「了解!」」」
矢沢らが外に出て駆け出すと、裏庭の様子がよくわかった。あちこちに焼け焦げた跡があり、死体も多く転がっている。そして、アメリアとラナーが敵の集団を相手取って戦っているのもハッキリと見えた。
「アメリア! ラナー!」
「ヤザワさん! ご無事でよかったです!」
「今度はあたしが助けに来たのよ! 感謝してよね!」
「ああ、感謝している!」
アメリアとラナーが敵から距離を取って返答すると、矢沢はお礼を言いながら2人から離れた敵兵を次々に射撃していく。特別警備隊時代に培った射撃の腕はまだ衰えていないようで、数十m離れた敵兵の頭に次々と銃弾を叩き込むことに成功した。
「っ……! 艦長、凄い……」
いつもクールな環にしては珍しく、敵兵たちが操り糸を切られたように倒れていく姿を見ると、彼女は目を見開いて驚いていた。射撃が得意な環でも、矢沢や波照間のような特殊部隊員と並ぶほどの実力はない。
ヘリまで駆け抜けると、隊員たちは大宮の死体をヘリに乗せ、自らも機体に乗っていく。これで敵を抑えているアメリアとラナー、ミルが戻り、波照間らが合流できれば、ここから脱出できる。
しかし、そう甘いものでもないのが現実というものらしい。北側の建物の陰から、見覚えのある男が姿を見せる。
宮廷参謀ウェイイーだ。しかも、隣には見覚えのない大柄なライオン顔の男に引き連れられるように歩いている。その男は服装が赤と金を基調とした豪華絢爛なチャイナ服風のコートを纏っており、明らかにウェイイーより位階が上であることを示している。
「とうとう本丸のお出ましか」
「マジかよ、ここでボスキャラだなんて聞いてないぜ」
矢沢が不安に押しつぶされそうになりながらも冷静に言うと、鈴音は嘲笑混じりの悪態をつく。彼も危険を感じ取ったようだ。
まだ脱出は確定していない。相手が何者かどうかは見極める必要がありそうだ。
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