274話 抜け殻の少女

「グレネード!」


 佐藤が階段上へ手榴弾を投擲すると、銀がジャンプして追いすがり、敵集団に向けて弾く。手榴弾は敵集団のほぼ中央付近で起爆、数名の死傷者を出した。

 直後、銀が混乱する敵の只中に飛び込んで残りの敵を一掃。佐藤と矢沢がそれに続いて周辺の警戒を行う。


「いい手際だ」

「当然よ」


 銀はそっけなく応えるが、口元には笑みが浮かんでいる。ストイックな彼女も褒められるのは嬉しいらしい。


 敵は確かに統率が取れた状態で階段を降りてきた。防御魔法陣を展開する壁役の敵兵を先頭に、一気に地下3階へ殺到するという作戦を取っていたが、事前に配置された手榴弾には意味がなかった。


 防御魔法陣は常に周囲へ展開されている魔法防壁とは違い、前を防御するだけの壁でしかない。ピンが抜けた手榴弾の存在に気付かず進んでいった敵集団は、あえなく爆発に巻き込まれて突撃を破砕された。


 後は手薄になった後方戦力を排除すればいいだけだった。魔法で戦うのであれば敵の戦法は有効だったが、地球側との思想や武器の違いは彼らの戦法を無力化してしまった。


 矢沢は周囲の敵兵が無力化されていることを確認すると、銀へ目的地の確認を取る。


「銀、ラナーの部屋はわかるか?」

「この通路を右に行ったところよ」

「よし。佐藤、背後は任せる。銀と共に周辺の警戒を」

「はい、了解です」


 佐藤は彼に似合わないほど自信に溢れた相槌を返した。戦闘中ということもあって気が大きくなっているのだろうが、その表情には安心感も伺える。


 矢沢は銀の先導と佐藤の護衛を受けつつ、ラナーが囚われている牢屋へとひた走る。

 自分の都合で辛い目に遭わせてしまった少女を救う。ただそれだけのために。


  *


「ラナー!」


 矢沢がラナーの前に現れたのは、それから数分後のことだった。


 健在の敵部隊は少なく、散発的に攻撃してくる伏兵もいたが、その程度であれば銀の敵ではなかった。アメリアから引き継いだ覚醒の力もあったが、それ以上に銀の一切迷わない無慈悲な戦い方、場数を踏んで敵を倒す覚悟が身に付いた佐藤の度胸も拍車をかけている。


 ラナーの牢屋は矢沢のそれとは違い、壁の一面がそのまま格子で覆われているものではなく、取調室のようにのぞき穴がついた扉があるだけだった。ノブには地球のものと構造は大差ない南京錠がかけられていたが、それはガス切断機で容易に破壊できた。


 赤熱した南京錠を取り払い、矢沢は牢屋へと駆け込んだ。やはり裸に剥かれたラナーは、鋼鉄製の手錠で腕を拘束され、天井から吊り下げられている。佐藤は恥ずかしがって中を覗こうとしなかったが、矢沢は気にも留めずラナーへ駆け寄る。


 すると、ラナーが顔を上げて矢沢を一瞥するが、すぐに力なく俯いてしまう。


「ネモさん……」

「助けに来たぞ。一緒に逃げよう」


 矢沢はラナーの青ざめた顔をそっと撫でるが、彼女の元気が戻ることはなかった。虚ろな目をちらりと矢沢へ向け、か細い声でつぶやくように言う。


「あたしはいいの……ネモさんだけ逃げて」

「何を言うんだ。君は絶対に助ける」

「いいの、あたしなんかがいたって、別に……」

「違う。君は何度も私を助けてくれた。頼む、君を見殺しにはしたくない」

「そんなこと、言ったって……」


 矢沢が何度語り掛けても、ラナーは虚ろな表情を続けるばかりだった。切断機で手錠を破壊する際も、何の関心も示さない。


「どうしたんだ一体……」

「かなり衰弱してますね。肉体的にもそうですが、特に精神のやられ具合は相当なものだと思います」

「ああ。どうしたものか……」


 矢沢はラナーがやる気になってここを出ていくものだと思っていたが、全くそうではなかった。それどころか、憔悴しきった様子で脱出を拒否する始末だ。


 彼女の身に何があったのかはわからないが、相当ひどい拷問を受けたことは間違いない。いずれにせよ、ここから脱出しないことには治療もできない。


 切断機でラナーの手錠を外し終えると、看守が身に着けていたズボンと上着を着せ、肩の上からラナーの左肩と股間に腕を通して彼女を背負う。後はB分隊と合流して地下4階から脱出するだけだ。


「これで任務達成ね。早くトンズラしましょ」

「まだだ。艦に戻るまでが任務だ」

「はいはい、そうよね」


 嬉しそうに笑みを作る銀に、矢沢がピシャリと注意する。拘束が外れたとしても、離脱できなければ元も子もない。


 ラナーのことは気になるが、まずは脱出しなければ。矢沢は魔法陣が機能している独房から出ると、元の道を辿って地下4階へと急いだ。

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