番外編 非正規機動部隊・その1
偵察機として出撃させていたスキャンイーグルにも、突然現れた乱入者の姿は捉えられていたが、ただ自衛隊側が彼の姿を一方的に見ていたわけではなかった。
スキャンイーグルほどの小型な無人機になると、レーダーがない地域では機体が地表に近づきすぎない限りは発見されることは稀だろう。そのはずだったが、そのトカゲに似た乱入者は奴隷商人の屋敷の南側から接近し、一度だけ高いところを飛んでいたスキャンイーグルの方を向いた後で跳躍し、波照間らの部隊がいる屋敷へと乱入した。
あのリザードマンは確実にスキャンイーグルの存在を察知できていた。それを考えるだけでも、警戒すべき存在であることはわかる。
この様子はSH-60Kの通信回線を介して『あおば』のCICにも届いていた。実際の作戦指揮を担当していた佳代子は、その映像を業務用のノートPCに取り込んで士官室に持ち込み、戦術指導を依頼していたライザや他の幹部たちと共に解析していた。
「はえー、すごいですねぇ……猫ちゃんだけじゃなくて、トカゲ男さんまでいるんですか、この世界って」
「この世界においては、マオレンよりも身体能力の高い種族とされています。かなり少数ですが、アセシオンの奴隷市場でも流通していました。あまりに力が強すぎるので、人を選びましたが」
佳代子の気が抜けた発言に、ライザは丁寧にも説明を加える。それが奴隷に関することだったので佳代子は違和感を覚えたが、むしろアセシオンでさえドレイクのことはよく知らないのか、とおぼろげに考えながら、映像に目を戻した。
一方、長嶺は特殊作戦部隊が下水道に逃げた後のドレイクの行動を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あのトカゲ男、部隊全員がマンホールに逃げ込んだ後に、十分時間を取ってから川の離脱地点の反対側へと逃げています。まさかとは思いますが、情報が彼に漏れていたのでは?」
「こんな得体のしれない奴に? そうだとしたら、一体誰なんだか」
「少なくとも、後で詰問する必要があります」
菅野が腕を組んで神妙に呟いたところ、ライザもいつもの仏頂面ではなく、眉をわずかにひそめて不快感を露わにしていた。
ドレイクの行動に関わらず、情報漏洩があったとすれば問題だ。彼が敵の工作員だった場合、この作戦は失敗していたどころか、隊員たちが全員死亡していた可能性さえあるのだ。その可能性が脳裏に思い浮かんだ佳代子は、思わず意味もなく辺りをキョロキョロと見まわしていた。
すると、士官室のドアが勢いよく開け放たれ、遠慮もなしに瀬里奈が入ってくる。
「もー、何かやってたやろ! なんでうちも呼ばんかったん!?」
「う、えーっと……」
面倒なのが来た、と言いたげに顔をしかめる菅野と長嶺。佳代子は苦笑いしながら胡麻化そうとしていたが、ライザは前に進み出て瀬里奈を見下ろす形になる。
「この作戦は、あくまで隠密を前提とした潜入作戦です。攻撃力バカの豆狸を投入するほど頭の悪い任務ではありませんので」
「はあ? 豆狸やて!?」
「事実ではないですか。そっくりですよ」
「まあまあ、けんかはやめなよ」
瀬里奈とライザは馬が合わないらしく、けんかを始めたところで菅野が止めに入る。瀬里奈はライザを睨みつけていたものの、菅野がジュースを渡したところで落ち着いた。
一般人、それも子供故に『あおば』の、ひいては艦隊の任務には理解が足りないのだろう。大人でも少し聞きかじっただけでは理解できるようなものでもない。それはこの艦隊の特異性にあるし、異例中の異例な編成や運用が行われていることも大きい。
となれば、瀬里奈にも艦隊の運用目的や意義を説明しておく必要があるのではないか。幾ら常に変な鳥が脳裏に飛んでいる佳代子であれ、その必要性は理解できた。
「そうですねぇ……瀬里奈ちゃんには、わたしたちの任務をお話ししておかないといけないかもです」
「僕からもお願いします」
佳代子が言うと、ライザは瀬里奈の横に並んだ。せめて瀬里奈を戦闘に投入するのであれば任務の意義を理解させておく必要があると彼女もわかっているらしい。
「もちろんですっ。瀬里奈ちゃんにはしっかりわたしたちのことを覚えてもらいますからねっ」
「いえ、僕も完全に熟知しているわけではないので、説明を要求したいと言いたかったのですが」
「あ、そうだったんですね! わかりましたっ!」
どうやら、ライザの理解というのは誤解だったらしい。先ほどまで戦術指導を行っていた彼女でさえ、この艦隊のすべてを把握できているわけではないようだ。
「そうですねぇ……では、まずは艦隊全体の目的から話しましょうね」
佳代子はそう言いつつ、図上演習で使用する小さな船の模型を4つ用意すると、それを士官室のテーブルに広げた地図に乗せる。
「まず、この艦隊は戦闘を目的とした艦隊ではないんですっ! ひたすら情報を集めて、相手方との交渉を優位に進めるために全ての資産を活用するんですよ!」
「瀬里奈ちゃんにわかりやすく言うなら、この艦隊がまるごとスパイなんだよ。戦うのは軍人の仕事だけど、スパイの仕事は敵から情報を奪うこと。僕たち自衛官は軍人みたく戦うのが仕事だけど、今やっている任務はスパイの仕事さ」
佳代子の説明に、菅野がわかりやすくかみ砕いて注釈を入れる。
「ふーん。でも、スパイって戦ったりするんやろ? 拳銃で敵のスパイと戦ったりとか!」
「それは軍隊の戦術偵察みたいな感じですねぇ。映画のスパイとは違って、現実のスパイはあまり武器を持っていなくて、情報を掴むために全てのリソースを割くので、そもそも存在がバレちゃいけないんですよう」
「もちろん僕たちにも戦う力はあるけど、あくまで自衛のため、もしくは邦人の救助作戦を行うために過ぎない。つまり、相手を屈服させて言うことを聞かせるための戦いはしないっていうことだよね。瀬里奈ちゃんには悪いかもだけど」
「ううん、うちだって戦いたいだけやないもん! みんな助けられるんやったら、それでええねん!」
「よくぞ言ってくれた。瀬里奈ちゃんはえらいよ」
菅野は素直に瀬里奈を褒め、優しく頭をなでる。菅野には子供がいるというが、家族にも同じようにしているのだろうか。そう思うと、佳代子の心に温かい何かが広がるのを感じていた。
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