403話 手負いの蛇

 空を舞う肉食魚、もとい攻撃ヘリが急降下すると、攻撃地点にいた兵士の何名かが槍を構えているのが、ラナーから視認できた。


 何をしようとしているのか、一目で明らかだった。奴らはヘリを撃墜しようとしている。


「そんな、何とかしないと……!」


 ラナーは何とか空へ攻撃しようとしている敵兵を倒したかったが、周囲からはラナーを狙う敵兵たちが一斉に襲い掛かってくる。


「面白い、エルフじゃないかね!」

「オレ様がやるんだ、引っ込んでろ!」

「この、邪魔よ!」


 口々に歓喜や怒りの声を上げる荒くれ者たちに辟易しながら、ラナーはロッドで敵兵を打ち払う。杖の両端に装備された十字型の突起が鎧や骨を砕き、次々に戦闘不能へと追いやっていく。


 ラナーが扱うメイスロッド『エル・スエズ』の強さは、タングステン合金で作られたモーニングスターの重量だけでなく、杖自体の重さやリーチ、ラナーの筋力や技術力の複合で達人レベルにまで洗練されており、その魔法を使わない一撃は、マオレンの頑強な肉体に対して確実に致命傷を与えた。


 しかし、囲まれていては敵の反撃を容易に許してしまう。ラナーは背後から接近するマオレンを察知し、ロッドを上段に構えて防御の姿勢を取る。


「頂きだ!」

「やっ……!」


 守りに関しては隙だらけで攻撃を加えやすい傾向にある彼らだが、攻撃に関しては全く別だ。人族やエルフには発揮できない凄まじい腕力に物を言わせ、手にしている大重量の刀や槍を容赦なく叩きつけてくる。ラナーも打ち据えられた巨大な刀を頑丈な杖で防ぐので精いっぱいで、それを支えるか細い腕には、弱い電流を受けたかのような鈍い痺れが走る。


 痛くはないものの、腕が悲鳴を上げながら耐えているのはわかる。それに、前方や側方からも兵士が殺到しつつあり、悠長に耐えている暇はなかった。


「ああもう、しゃらくさい!」


 ラナーは自分を奮い立たせるため悪態をつくと、刀を打ち据えた敵の方に体重を移動させ、下から受け流すように敵を前へ放り投げた。我先にと戦果を狙い殺到していた敵兵たちに直撃し、彼らは体勢を崩した。


 そこを狙わない手はない。ラナーはメイスロッドに魔力を込めると、多数の敵兵相手に繰り出す必殺技を発動する。


「ガルガン・ティト!」


 勇ましい掛け声を上げると、ラナーはロッドの片方と中腹部を持ち、そのまま体ごと回転。遠心力と魔力で強化された大重量のロッドは、いとも容易く敵兵7名を一度に薙ぎ払ってしまった。ラナー自身は遠心力がついたロッドについて行くように体を預け、勢いを殺さないように回転をつけたまま投擲。続いて前方にいた敵兵の群れを芝刈り機のように排除していった。


「はぁ、はぁ……ほんと大変だわ」


 投擲したロッドは召喚魔法で回収できるが、回転を多用するので平衡感覚を失いかける。まだまだ未熟な技だからということもあるが。


 周囲の敵兵を薙ぎ払ったところで、ヘリの様子を見るため空に目をやる。


 すると、いつの間にかヘリの尾部に、槍が下から上へと突き刺さっており、その穂先が上部のメインローターに直撃していた。ローターは未だ高速回転を続けているものの、連続で槍の穂先と衝突して火花を散らしている。


 このままではまずい。ラナーは救援に向かおうとするも、今度は地上から兵士の1人がヘリに向けて高くジャンプしていた。ヘリは高度を下げ続けており、このままの勢いではローターに巻き込まれる。


「っ……!」


 ラナーは目を伏せたが、結末はどうなったかわかる。ガリガリと嫌な音を立てながら、兵士がローターに巻き込まれた。改めて顔を上げると、ヘリの前面が血しぶきで覆われており、機体上部の穴からも黒煙を吐いている。


「うわぁ……」


 ヤザワから説明を受けた限りでは、ヘリの動力源は穴の奥に存在するという「エンジン」という装置となっている。2つあるエンジンのうち1基が破壊されたとなれば、もはやヘリは戦闘を継続できないだろう。


「なんとか、無事に帰ってよね……!」


 ラナーにできるのは、ヘリが無事に帰れるかどうかの心配だけだった。次々に襲ってくる敵兵をいなしながら、ラナーは常にヘリを目で追っていた。


  *


「ヴァイパー3、戦闘不能! 緊急着艦の用意を!」

『こちら航空緊急着艦部署、受け入れ準備完了!』

『防火部署、火災の対処に向かいます!』

「ヴァイパー3、機体を捨てても構いませんから、生きて戻ってくださいね!!」

『ヴァイパー3、ラジャー』


 艦内の緊急部署がAH-1Zの受け入れに追われる中、佳代子が期待を捨てる旨の許可を出すも、パイロットの三沢は冷静に返答しただけで他には何も言わなかった。


 確かに攻撃ヘリは高い戦闘力を持つものの、敵の分析が甘いと痛い目を見る。しかも、魔法は柔軟性が高く、どのような武器を持ち、どのような戦闘力を持つかは詳細にはわからない。そういった「個性派揃いの寄せ集め」がレン帝国軍だ。


 決して侮れない。佳代子は唇を噛みながらも、AH-1Zに乗る2名の無事を祈った。事故を起こした航空機に対して地上のクルーができるのは、それだけしかないのだから。

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