263話 救出への一歩

「ふぇ、武力を行使するんですかぁ!?」

「はい。それしか手はないと思います」


 波照間は改めて開催された幹部会議で資料を配りつつ言う。


「最終的にはダーリャの基地に攻め込んで艦長さんを救出するわけですが、警備状況が厳しく手を出せません。なので、何らかの方法で注意を逸らすしかありません。ダーリャの駐留部隊は最後の砦な上、以前のヘリの攻撃もあり、他国との戦いにおいては絶対に首都から離れないでしょう。そこで、魔物を使って駐留部隊を引きはがします。資料の2ページ目を参照してください」


 波照間は小冊子にした資料を広げ、説明を続けた。


 資料には魔物の外見や能力などが簡単にまとめられていて、そのうちの幾つかの魔物の名前に赤丸が付けられている。


「赤丸を記した魔物がターゲットです。これらは砂漠に住むもので、主に他の生物の生き血や肉を栄養源にしています。彼らには、邦人の移送がないと確認できたダーリャとアケトカロク間を行き交う商人たちを攻撃してもらいます。この国では魔物対処は軍の仕事です。さらに、自衛隊の襲撃がないと思わせるため、あおばにはダリアからの使者として人族国家のノーリを訪問してもらいます。この国はダリアと関係が深い他、アモイと戦争を遂行中です。首都の駐留部隊は早期解決を目指し手早く部隊を出すでしょう」

「そこで手すきになった基地を艦隊で襲う、と」


 長嶺は理解こそしたが納得しない、といった複雑な表情を浮かべている。


 もちろん、コンプライアンスや士気の関係から見ても、作戦の遂行には幹部たちの了承が必要となる。誰かが疑念を持つのであれば、それを説明して納得してもらうことになる。


 波照間はなるべく安心感を与えるため、さらに突っ込んだ説明をすることにした。この辺は資料に書かれてはいるものの、言葉にする効果は得てして大きなものとなる。


「魔物の捕獲には、自分が獲得した商人の協力を得ます。補給科には手形と契約書類の偽造を依頼するので、調達した道具を使って魔物捕獲の依頼を出します。依頼を出すギルドは南部のアネルネに駐留する軍に捕獲代行を依頼するので、ダーリャ駐留軍に魔物のことが漏洩する心配はありません。魔物はアネルネから近いノストリア港でリウカに積み込み、そこからヘリで中央部へ運びます」

「敵に手伝いをさせるってんですか。こりゃ痛快だ!」


 武本はかなり大笑いしているが、その横では未だに長嶺が疑念をはらんだ目を波照間に向けている。


「魔物を扱うとなれば、危険性はかなり大きいはず。それに、魔物の捕獲依頼なんて出す人がいるんですか?」

「魔物は確かに危険ですけど、赤丸の魔物は食料や武器にできるので、捕獲依頼も一定の需要がありました。実際にアケトカロクで流通しているところも確認しています」

「しっかし、こんなのをよく食おうと思えるよなぁ……」


 食肉という言葉に反応したのか、先ほどまで特に反応を示していなかった鈴音が眉をひそめる。


 標的にする魔物の1体、波照間がデビルスコーピオンと呼ぶ生物は人間の子供サイズにもなる超大型のサソリで、おおよそ日本人は好んで食べたいと思えるような姿かたちではなかった。


 更に、オオトビザメと名付けられた魔物はヘリの内部に辛うじて押し込めるほどに大型で、姿かたちは平たいワイバーンといったところだ。もはや食用というよりクマのような忌避すべき危険生物といった風貌をしている。


 確かに波照間もこれらを見た時はドン引きしたものだが、レンジャー技能試験ではヘビやカブトムシの幼虫も食べた上、外国での活動でも恐ろしい食べ物を目にしている。こんなものは今更だと割り切り、エルフたちの食生活には突っ込まないことにした。


「でも、すごくかっこいいです……あうー……」


 なお、アメリアは頬を赤く染めて恍惚とした表情を浮かべ、食用とも危険生物とも認識していない特異な感情を露わにしていた。真に幹部会議の面々がドン引きしたのは、彼らの食生活よりアメリアの性癖という結果に落ち着いた。


 とはいえ、アメリアはこれで通常運転なので、波照間はなるべく触れないように次へと進む。


「なお、通貨も金メッキを施した偽装通貨を使います。もちろん発覚すれば大ごとですが、こちらとの繋がりが判明しない限りは経済の混乱も期待できます」

「はは、何から何までえげつない作戦ですね」


 説明を聞き終えた菅野は苦笑するが、他の隊員たちも何人かが複雑な表情を浮かべていた。害獣を軍の露払いに使うばかりか、その害獣調達にアモイのギルドを使わせるというのも狡猾に過ぎる。


「首都の部隊が害獣退治に向かった後は、ヘリコプター2機の援護下で陸地から1個小隊が基地へ浸透、脱出はヘリと複合艇を用います。今のうちに狙撃手の訓練を重点的に行いつつ、狙撃ポイントの選定と工事を始めておくべきだと思います」

「じゃ、工事はアタシの仕事かしら」


 銀は得意げに笑いながら、どこからかツルハシを取り出した。アセシオンから購入してから1ヶ月と経っていないが、既に何度も手入れされた形跡があり、いかに彼女が使い込んだかがわかる。


 とはいえ、これも冗談ではない。工兵の作業に慣れている者は海自にはおらず、波照間を除けば狭い巣穴を作るために穴を掘ることに慣れており、今回の作戦で訓練を積んだ銀が一番の熟練者という笑えない状態になっている。


「細かいところは各部署に一任します。この作戦は我々の作戦行動能力を誇示することで、講和へ持ち込みやすい状況を作るための第一歩でもあります。もちろん人命もかかっているので、決して失敗は許されません。作戦予定時刻は資料の通りです。では副長さん、お願いします」

「はいっ。それじゃ質問がなければ解散にしますね」


 佳代子が会議の終了宣言を出すと、幹部たちは席を立って士官室から退室する。


 この段階で作戦は開始された。後は準備を進め、基地攻撃の決行を待つばかりだ。

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