262話 不気味な宝石
「はぁ、やっぱり合流しかないか……」
リアはため息をついて資料を眺めていた。
バベルの宝珠の流通経路捜索を担当するラルドが開示した資料によれば、この宝珠はユトラストに大量供給されているだけでなく、少数が人間側の有力国家に流れている。
目的は不明。ただ、ダイモン以外には本来の使い方ができない。となれば、一体なぜこんなものを外へ流しているのか気になった。
ただの宝飾品というわけではない。あれは加工するだけで爆発する危険がある。
考えたくはなかったが、既に本来の用途で扱える人間たちが存在する可能性が出てきた。どんな手を使ったかは知らないが、その仮説が正しいとすると、本当にこの世界をひっくり返されかねない。その巻き添えとして、護衛艦あおばがやって来た世界も同じ目に遭うだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。となると、まずはアモイにいると言っていたあおばと合流し、事の対処に当たる必要がある。
彼らが人為的にこの世界へ連れて来られたのだとすれば、既にダイモンからの接触があるかもしれない。それを考えてのことだ。
「よし、行こう」
リアは決心をつけると、マントに魔力を込めて空中に浮き上がる。ジンは物に魔法をかけることで空中や宇宙を飛行する技術を持ち、世界のどこでも1時間以内で到達できる。今から行けば、向こうの日が落ちるまでには合流できそうだ。
ダイモンが何を考えているかはリアの知るところではないが、それでも絶対に阻止しなければならない。奴らは神の敵であり、この世界の敵でもあるのだから。
*
「まさか、こんなものが流れているとはな……」
ローカー侯爵はミーシャから渡されたものを見るなり、額に手を当てて狼狽していた。
彼の手には、禍々しい紫色の輝きを放つ宝石が握られていた。バベルの宝珠と呼ばれるそれは、確かにローカー候の手元にある。
「4日前のベイナに上がってきたものです。これを酒樽の中に隠して持ち込んだノーリの商人は持ち込みを否定しています」
「だろうな。違法なクスリや武器を売る商人は数あれど、こんなものを流そうと考えている奴は相当気が狂っている」
ミーシャの言葉にローカーは頷く。バベルの宝珠は神の勅命によって禁制品とされたもので、ダイモンとの繋がりがある故に、スタンディア大陸の商人は誰も手を出そうとは思わない。これを扱うことは神への反逆になるというだけでなく、わが身の破滅を呼び寄せるものだと信じられている。
もちろん、倫理観が欠如した者や別の宗教を信仰する者などは扱えるだろう。とはいえ、それでもダイモン以外にはさほど価値が無いどころか、扱いを誤れば爆発する危険物だ。それに目を付けたアモイはこれを爆弾に使おうとしたが、ジンとの話し合いの末に保有している全ての宝珠を大人しくジンに引き渡したことさえある。あのジンに反感を持つエルフたちでさえ忌避する呪われた品。それがバベルの宝珠だ。
そんなものが、なぜアセシオンに入ってきているのかはわからない。もしかするとコレクターか何かが欲しているのかもしれないが、物品が物品だ。ただのコレクション目的だとしても、あまりにも不穏に過ぎる。
「なぜこんなものがアセシオンに流入しているのかが知りたい。ミーシャ、調べてくれるか」
「もちろんです」
ミーシャは嫌な顔一つせず頷いた。やはりできた秘書だと思う反面、ローカーは大切な秘書をバベルの宝珠などという恐ろしい品物に関わらせてしまうことに強い抵抗感を覚えていた。
サリヴァン伯爵は数年前にダイモンの手によって殺害されていたという話もホワイトから聞き及んでいる。その話が真実ならば、アセシオンは既にダイモンの手によって汚染されつつあるということだ。
そうなれば、対策を取らないわけにはいかない。やはり奴隷を解放し、ジンたちと関係を正常化したことは間違っていなかった。
ミーシャがローカー候の執務室を辞したところ、入れ替わりにドアがノックされた。誰かと思い入室するよう促すと、入ってきたのは元サリヴァン副官のホワイトだった。彼は思いつめたような顔をしながらローカーに向き合う。
「侯爵様、アモイの使者が皇帝陛下と侯爵様に面会を求めています。処刑の準備は既に始めておりますが、どうされましょう」
「やめておけ。それより、陛下との面会は拒絶しろ。陛下にはこちらから話は通しておく。面会するのは私だけで十分だろう」
「承知しました。では」
それだけ伝えると、ホワイトは足早に執務室から立ち去った。昔から気が合わない者だとは思っていたが、それはサリヴァンが死んでなお変わることはないようだ。
とはいえ、この時期にアモイの使者がやって来るなど珍しい、というより不自然だ。アモイは向こうの戦争で手一杯、こちらにまで手を伸ばす余裕はないと踏んでいたが、風向きが変わったのか。
それとも、あの灰色の船に関連することか。さすがに今となっては関係なくなった話だが、そのことでアモイが擦り寄って来たのかもしれない。
いずれにせよ、油断は禁物だ。相手に足元を掬われれば、復興しかかっているこの国は一瞬で瓦解しかねないのだから。
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