264話 セーフ民家

「賑わってるなぁ。こりゃすごい」


 大宮は砂漠の街に入るなり、やや興奮気味に声を漏らした。


 幹部会議から2日後、上陸班は南部の商業都市アネルネにやって来ていた。合計7名が作戦に参加しているが、今は大宮と佐藤、そして波照間だけが街に入り、残り4名はバックアップとして郊外にヘリと共に待機している。


 アネルネは砂丘が多い砂砂漠すなさばくの只中にあるオアシスで、その広さは世田谷区と同程度。スキャンイーグルによる偵察では、人口はおよそ1万人といった程度だ。


 街は岩を削り出して積み重ね、粘土で固めた砂色の建物が連なり、中央部の泉から水路が蜘蛛の巣状に街へ張り巡らされている。各所に連なる商店街は活況を呈していて、大きなギルドも中心部に点在しているようだ。


「あたしもアネルネは初めてだから、何が起こるかは全くわからないんだけどね」

「情報は集めてないんですか?」

「ある程度は聞いてるけど、そこまで多くない感じなのよね」


 波照間は苦笑いしているが、本人はさほど緊張していなかった。場数を踏んでいることもあるが、何よりこの街にも既に仕掛けを施してある、という安心感が一番大きい。


「とりあえず、協力者と接触するからついて来て」

「あれ、この街は初めてなのに協力者がいるんですか?」


 波照間の言葉に、佐藤が素朴な疑問を投げかける。波照間はアケトカロクでしか活動していないと知れているので、佐藤が疑問に思うのも無理はなかった。


「いえ、アケトカロクで獲得した協力者よ。彼はアネルネが故郷なんだけど、仕事でアケトカロクにいたみたい。アモイの浅黒肌エルフじゃない白肌のエルフでね、お金をちらつかせたらすぐに協力してくれた感じ」

「信用できるんですか?」

「弱みは抑えてあるし、大丈夫だとは思うけど」

「ならいいんですけど」


 佐藤は煮え切らない一言を最後に会話を終わらせた。


 スパイの対応で後手に回ったことで、サザーランドの反乱を招いたことは事実ではある。とはいえ、それは複合要因だ。決して誰かが手を抜いていたというわけではない。


 波照間の先導の下、3人は水路を辿りながら目的の場所へと向かった。


  *


「さて、着いたっと」


 波照間は何の変哲もない質素な家の前で止まった。やはり周りと同じく岩と粘土でできた2階建ての建物で、ごく普通の民家といった風情だ。


「ここがセーフハウスなんで?」

「いえ、ただの民家よ。協力者の実家。家族もいるから言動には気をつけなさいよ」

「あい、了解」


 大宮は面白おかしく軽い返事をする。緊張しすぎず、このくらいの態度が一番いいのだろう。変に力を入れれば、それだけで警戒されかねない。


 波照間は木製のドアを何度か叩く。規則性はなく、暗号の類というわけでもない。


「ごめんくださーい、ディオクロスさんはいますかー?」

『はいはーい、ちょっと待ってね』


 中から人の声が聞こえてくると、それから少ししてドアが開け放たれる。


 出てきたのは波照間よりやや背の低い色白エルフの女性で、顔立ちはふっくらとした丸顔に大きな青い瞳がはまっている。長めの金髪はツインテールにしていて、外見はアメリアや朱美のような少女と大差ない。


「えーっと、どちらさんですかい?」

「あたし、ディオクロスさんの友人のヒメルダっていいます」

「あーはいはい、ディオくんから聞いてるわ。上がって上がって」


 女性に言われるがまま、3人は家へ招き入れられた。靴は履いたままで、砂払い用のマットで砂を落とす。


 中は質素な民家といった風情で、窓は小さめのものが入口の両側に2つ、反対側の壁に1つだけで、やはり木製の戸で閉められて窮屈さを否が応にも感じさせた。家具の類は木製のタンスや石のかまど、テーブル程度で、余計なものはほとんど置かれていない。


 明かりは松明に魔法で炎をつけるようで、そのうちの1つが女性の手によって交換される。


「ごめんよ。ディオくんはちょうど買い出しに行っててね、少し時間かかるかも。お茶でもどうだい?」

「お構いなく。急ぎの用でもありませんので」

「あらそうかい。じゃ、ゆっくりしていきなよ」


 女性は気を遣ってお茶の用意をするが、波照間はやんわりと断る。信頼しているとはいえ、ここで何か変なものを摂って体調に異常を来せば任務に支障が出る。


 彼女の厚意に甘えた結果ではあるが、ここで何もせず時間を過ごすというのも苦痛ではある。ここは敵地である上、知らない他人の家ということもある。少なからず、気まずい雰囲気が漂い始めていた。


 波照間が女性に話題を振ろうかと考えていたところ、大宮が先に口を開いた。


「ところで、あんたはディオクロスの娘さんかい?」

「娘? あっはは、やだね。ディオくんの方が息子さ」

「え、マジすか……?」

「えぇ……」


 女性は何かツボにはまったのか大笑いして茶化していたが、大宮と佐藤は大口を開けたまま固まってしまっていた。


「あんたたち、ブリーフィング聞いてた? エルフは寿命が長い上に老化も遅いのよ」

「よその大陸から来た人族にはよくあることさね。怒ることはないわ」


 呆れる波照間だったが、女性の方はかなり余裕そうだ。確かに、この受け流し方は少女というよりも、経験を積んだ壮年の人物のそれだ。若々しくもあるが、決して少女のような危うさはない。


 すると、背後でドアが開く音がする。3人はピクリと構えたが、女性は軽く返事をする。


「ただいまー、帰ったよ」

「や、お帰り」


 そこに現れたのは、背が高いエルフの男性だった。波照間が運営している協力者、ディオクロスが帰ってきたのだった。

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