341話 仕組まれた裁判

 王族の子女が即決裁判にかけられる。その話が峰岸という邦人男性からもたらされた情報は、否が応にも艦内の雰囲気を暗くさせた。


 ラナーが自衛隊の協力者であることは既に知れ渡っている。日本人のために協力してくれた現地人が犠牲になろうとしているのだ、多かれ少なかれ乗組員の大半は残念に思い、中にはラナーと直接面識がなくとも、罪悪感を抱く者さえいた。


 権威主義国家の非常事態に開廷される、国の意思に背いた者への即決裁判は、おおよそ極刑となる傾向にある。その場で決められるということは、それだけ国家にとって不都合な存在である、ということの証左でもあるからだ。


 そして、ラナーはその即決裁判にかけられることとなってしまった。司法は神殿の管轄らしいが、その意思決定には少なからず王族の意向が入るだろう。


 これで死刑になってしまえば、奪還はほぼ不可能だろう。そもそも自衛隊が領土に踏み込むことさえかなり厳しい。奪還となれば、以前のダーリャや軍基地での戦闘を遥かに上回る被害を双方共に受けることになるはずだ。


 何か動きがない限り、今は事態を見守るしかない。一体何をするのが正しい行動なのか、それを見極めるためには、あまりにも情報が不足しすぎていた。


 艦橋から外を見ていると、1隻の小舟があおばに接近しつつあった。それにマウアが乗っていることを矢沢が確認すると、やはり来たか、と思いながら艦長席を立った。


  *


「では、これより国家反逆罪に関する審理を行います。被告人、前へ」

「……はい」


 王族用の略式法衣に身を包んだラナーは、司法担当の神官の呼びかけに対し素直に答える。汚れひとつない綺麗な顔には何の表情も浮かべていない。


 ラナーの眼前に並ぶのは、総勢5名の司法神官と大神官だった。中央に座る大神官ことエルヴァヘテプは普段着のままだったが、他の司法神官は真っ白な裁判用法衣を身に着けており、フードで完全に顔を隠している。裁判官への報復を抑止するためという名目らしいが、それ以前に威圧感が強く、ラナーも委縮してしまう。


 外から見えてはいないが、ラナーの右足首には魔法封印用の小さな枷が装着されている。それだけでも息苦しいというのに、司法の最高機関である神殿の大法廷は、定員一杯となる200名もの傍聴者の目に加え、ざっと見ただけでも40名もの国軍部隊が警備を固めている。


 その部隊は、よりにもよってラナーが指揮していた大隊に属するレンジャー小隊だった。見知った顔ばかりだったが、その誰もが無表情を貫いている。居たたまれない思いで一杯になったラナーの胸中は破裂寸前だったが、ここで決壊させてしまっては、自分がやってきたことを自分でも否定してしまうことになってしまう。


 いや、1人だけ無表情を貫きながらも、頬に涙をきらりと光らせる者がいた。ラナーの20歳年上で、レンジャー小隊の隊長を務めていたオサワだった。ラナーとの親交も深く、ずっと信頼していた人物でもある。


 他の兵士たちは、どのように自分を見ているのだろう。そういう思いがふと込み上げてくるが、もう知りようもないのだろう。


 いろいろと考えているうちに、白いローブで覆い顔を見せない司法神官がラナーに発言。


「被告人、名前と生年月日、職業をお答えください」

「あたし……私はラナー・キモンド、フェイ・アルマ3437年2月30日生まれ、職業は軍人です」

「では、住所と本籍地をお答えください」

「アモイ・リレストランサ、メシル・ロ=ダーリャ、パック記念地区6番88、住所も同じです」

「はい。次は罪状認否を行います。被告、ラナー・キモンド。あなたはアモイ王国を崩壊させるため、外国勢力と共謀し、これに政権の破壊工作と武力攻撃を唆したことで罪に問われています。この認識はありますか?」

「いいえ、一切認識していません。無罪を主張します」


 ラナーは涙と怒りをこらえ、感情を込めずに供述。静まり返る法廷にそれ以上の音は響かない。その中で、司法神官の布越しの声がくぐもって聞こえる。


 次に行われるのは、ジャマルの部下である審問官と呼ばれる軍所属の法務担当者とラナーによる意見陳述になる。


 とはいえ、ここで何を言っても結果は変わらない。裁判の結果としては抵抗するだけ無駄ではあるが、ここでは自分の意見を述べられる。


 せめて、自分の意見に賛同してくれる人たちのために、できることをしよう。ラナーはつばを呑み込み、審問官の発言を待った。


「わかりました。続いて、審問官は意見陳述をお願いします」

「はい。被告は現在スパイ容疑に問われているヤザワ・ケイイチ容疑者を邸宅に招き、情報収集や工作の拠点として提供していました。現国王以下数名の兵士が容疑者と被告の在宅と交流を目撃しており、さらに喜捨スラムの数名が、被告がヤザワ容疑者に対しスパイ行為を教唆する会話を耳にしています」


 それから十分程度、証人を交えながら審問官による説明が行われた。おおよそ本当のことばかりであったが、ラナーはこれに反論するしかない。


「では、次に被告の意見陳述を」

「はい。私は彼らのスパイ行為に協力していません。確かに彼らが外国勢力であったことは承知していましたが、それは政府機関たる神殿の一部も認知していたことなので、私は問題ないと考え一時居住を許可しました。大神官エルヴァヘテプ師の証人喚問を要求します」

「拒否する」


 ラナーは大神官に証言を要求するが、彼は低い声で拒否の意思を示した。


 やはり、エルおじさんも協力してくれないのか。そう失望していると、大神官は小さく首を横に振った。


 まるで、今はその時ではない、と言いたげに。


 彼の意図は全くわからなかったが、それでも裁判は続けていかなければならない。ラナーは発言を続ける。


「ダーリャへの攻撃に関しても、私は無罪です。私はネモさん……いえ、ヤザワ・ケイイチに対しても戦争は嫌だと言っていましたし、彼もそう同意していました。これはジャマル国王が武力介入の可能性を排除して抑止力を発揮させないまま、彼を追い詰めたことによるアモイ軍の不備と、灰色の船側の情報管理の不徹底による偶発的衝突です。基地への攻撃に関しては、私は基地で監禁されていたので、接触は一切不可能でした。私の行動が影響していたことはあり得ません」


 ラナーは精一杯に口を動かし、何とか自分の潔白を証明しようと努力した。ここで最初からあきらめる姿勢を見せてしまえば、本当に自分は悪者になってしまう。


 すると、ふいに大法廷のドアが勢いよく開け放たれる。外の日差しにさらされた風が室内へと入り込む中、2人の男女が姿を見せた。


「その件に関しては、私が証人となろう」

「……っ、ネモさん!?」


 大法廷に現れたのは、紛れもなく矢沢本人だった。背後にいるのはマウアだ。


 一体なぜ現れたのか。自分はもう追放になる身だというのは、2人もわかっているはずなのに。


 議場は2人の登場でざわついていたが、本当に騒ぎたい気持ちになっていたのはラナーの方だった。

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